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異 村

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 傾斜が少しずつ急になってきて少し経った頃、道は沢を離れて、陽が当たる場所が多くなった。少しなだらかな尾根を歩いていると、枯れ積もった葉と笹に覆われた地面を踏む音が聞こえた。
 あれっ クマはいない筈。とまずそれを思った。音はだんだん近づいてきて、人間が歩いている音だと分かった。つい立ち止まって見ていると、中年の男性が姿を現し驚いたような顔をしてこちらを見た。私は「こんにちわ」と言ったが、男はまだ頭の整理が出来ていないようで、あいまいに頷いて私の正体を知ろうとしている。
「あ、昔この辺に住んでいて、久しぶりに帰ってきたので、登ってきたんですよ」と言うと、男は、やっと納得したように「あ、それはそれは」と言いながら説明するように手に持った蕨の束をかざして「蕨とり」と短く言った。
 あまり話好きではないようなので、私は「じゃあ」軽く頭を下げてから歩き出した。途中、車が停まっていたのは、彼の車だったのだろう。
 最初は尾根に沿って道が続いていて、心地よい風が通り抜ける。もう一つ山との中間辺りで道は下方に向かっていた。そして急な坂道になり、岩が多くなった。少し平坦になったかなと思うとそこは片側が岩壁、もう一方は崖になっていた。道は細い。崖側を見ると垂直ではないもののごつごつした岩があり、所々に笹や灌木が生えているのが見えた。お尻のへんがムズムズした感じがある。

 引き返そうかと迷ったが、壁側に掴みながら進めるような出っ張りがある。結局岩壁につかまりながらへっぴり腰でゆっくり進んだ。つかまる岩と前方の道だけを見て進む。あと少し、緊張が続き、そのあと少しを走って済ませたい気持ちもあるが、バランスを崩せば崖から落ちてしまうと思い、手の汗をズボンで拭いながらゆっくり進む。

 やっと危険な場所から脱出した。安全な場所に立って、たった今通り過ぎた道を見た。心臓の動きが速くなっているのが分かった。たったあれだけの距離だったのかと思うぐらい、そこは何気ない風景になっていた。俗にいう奇岩であり、回りの大小の木々の緑、その風景は芸術的で美しかった。岩に付いている岩ゴケが岩と緑の風景を自然な感じにしている。スポーツドリンクを飲もうとして取り出したが、掴みそこねて落としてしまった。崖の恐怖と緊張で手が震えていたせいだろう。小さい頃親達が話していたことを思い出した。ここの岩ゴケを採ろうとして落ちて、大ケガをしてしまったらしい。私は、転がり落ちることなく無事だったスポーツドリンク拾いを、それを飲んでふーっと息を吐いた。

 どうにか平静な気持ちになってから歩き出した。あまり人も来ないのだろう。道は両側から熊笹が進出していて細い。獣道のような道を進んで行くと小さな平地があり、その奥に祠が見えた。近づいて行き、よく見る。石作りなので制作年代は解らないが荒れるにまかせたという雰囲気ではない。定期的にお参りをしている人がいるのだろうと私は思った。じゃあ、ちゃんと人家のある所にたどり着けるようにと、その前に立ち手を合わせ拝んだ。目をつぶった途端めまいか貧血のように頭ががくっとゆれた。私は咄嗟に転ばないようにと目の前の何かにつかまった。

作品名:異 村 作家名:伊達梁川