異 村
下りを甘く見ていたと気がついた。膝がだるく感じられ、踏ん張りがきかないような震えているような感じがした。陽が長くなっているので、焦らずに休み休み進んだ。喉が渇いた。空腹でもあったが、水が欲しかった。これだけの森林だ、どこかに湧き水がある筈だと目、耳、鼻を総動員して捜しながら下方へ下りて行く。
土が湿っぽく感じられ、木陰が濃くなった。そしてやがて水音がした。もうかなり下まで下りてきていたのだ。細い道が見えた。走って行きたいような誘惑にかられたが、膝もだるいし注意深く辺りを見わたしながら道に足を踏み入れた。膝が生き返ったように感じられた。沢へ下りる場所を探しながら上方へ歩く。藪のきれた場所から沢へ下りた。ひんやりした空気が心地よい。浅瀬に足を入れる。思っていた以上に冷たい水だった。しゃがんで手の平で水をすくって口に含む。口の奥から引っぱられるように冷たい水が体の中へ入って行く。ふーっと長い息を吐く。それから顔を洗った。体全体が生き返ったような気分だった。
人声や足音が聞こえないかと耳を澄ましながら上方へ歩き出した。記憶があいまいだったが、この沢沿いの道のどこかから上へ上るとやや広い道があって、祠はその先にある筈だった。
やっと土手のような所を登り切り、やや広い道に出た。これで一安心だった。この上方に祠がある。疲れてはいるが、足は急いていて膝は大丈夫のようだった。陽があたるようになって頭が熱い。見上げると太陽はほぼ真上にある。多分お昼頃だろう。時間を知ろうとポケットを探る。あ、よかった携帯は持っていると開けてみる。画面は真っ黒だった。電池切れだろうと、それをポケットに戻した。
道は所々で木陰に入ったり出たりしながら、細い分かれ道を何カ所か見送っているうちに段々と急な坂道になってきて、いつの間にか道幅も細くなっていた。
やがて風景が広がった場所が見えてきた。周りの針葉樹と違う数本見えるのは桜の木だろうか。間違い無いだろう。あの祠の場所だ。ほっとした私の後方から人声がして、私は振り返った。二人、あの村人たちだろう。その二人が私を見て叫びながら走り、こちらに向かってくる。反射的に私も走り出した。
悪夢のように足が重く思う様に進まない。それでも走った。祠が見えてきた。向きを元に戻せばここから脱出できる。神の啓示のようにそれは頭にあって、私はその石の祠の前に走り込んで行き、斜めになっていた向きを元に戻した。
すぐ後ろで喚く声を聞きながら、私はめまいを感じてその場に崩れ落ちた。