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異 村

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 私は崖の細い道を前にして、来る時よりも恐怖が無いことを感じていた。しかし、まさかまだ追っ手が来るとは思わなかったが、後方を確認した。静かだ。よしっ!と気合いを入れて崖道を歩き出した。あっ、と私は単純な見込み違いに気付いた。来る時は利き腕の右腕で岩の出っ張りに掴まって渡って来た。だが、今度は左腕で岩を掴むことになる。途端に、恐怖感が増して来た。左腕に余計な力が入って、すぐに疲れてしまう。腕を休めるために一時停止した時に、ちらっと崖の下が目に入った。急に下半身に力が無くなったように感じる。腰の位置が下がっているのがわかった。情けないと、自分を嗤う。もう格好悪くてもいいと、開き直り、両手で岩のでっぱりを掴みながら、カニのように横歩きをした。ゆっくりとすり足で足元を確認しながら歩いた。

 もう崖は過ぎた筈と思う場所からさらに数歩歩いて、まわりを確認した。もう安全な場所だった。私は崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。心臓の動きが速くなっているのが、なかなか普通に戻らない。それでも奇妙な達成感のようなものがあって、私の頬は弛んでいた。

 どうにか大盛山に戻り、下山してバス停に着きこの異常な体験を反芻していた。夢だろうか、それにしては長くリアリティがある。記憶にある場所とバスの路線図を見ながら私は鉄道のある町の反対へ行くバスで、あの隠れ里だった場所に行ってみたいと思った。

 やがてやってきたバスに乗って、目指す場所で降りた。そこは国道が近くを通っていて、【奇岩の絶景・安心の無農薬野菜 ○○町】と大きな看板が立ち、直売所には観光途中の人々と、買い物目当てであろう人達で賑わっていた。

 私はそこに近づいて行った。そしてそこで自分にそっくりの男の姿を見かけ、見入ってしまった。男も怪訝そうに私を見て、一生懸命何かを思い出そうとしている。それから、多分他人のそら似なのだろうと決めつけたのか、照れたような笑顔になって「いらっしゃいませ」と言った。


(了)
作品名:異 村 作家名:伊達梁川