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異 村

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 朝方に本格的に眠ったらしい。部屋が明るくなった頃、私は目をさました。隣には誰も寝ておらず、戸も閉まっている。あれは夢だったのだろうか。少しだけそう思ってみても、あまりにリアルな感触が体に残っている。
 昨日宴会時に目にした女性達、あまりに露骨に視線を向けるのが憚られて、軽く見わたしただけだったが、あの中に若い女性がいただろうか。女性は戦争に行くことは少ないので、見た目が地味でも、私より年下の女性は何人かいたのだろう。そして若い男性がいない。もしかしたら、ハーレムのようにと、好色な考えが頭に浮かび、また、平成の便利な世の中に暮らしている私がこの地で暮らしていけるだろうかという考えも浮かんだ。
 この昭和三十年代にワープしてしまったポイントがどこかにあるに違いない。私は山を登ってから反対側のここまで下ったルートを思い出してみる。登り途中、車があった。間違いなく平成、そして出会った山菜採りの男も平成だろう。下りは、崖沿いの細い道をこわごわ通ったとき、特に異変は無い。
 石造りの祠、あっ! と思わず声が出た。祠の前でめまいを感じて、祠を動かしてしまった。あそこに違いない。あそこに戻ってみよう。私は起き上がり着替えを済ませた。

 丁度見計らったように、誰かが近づいてくる足音がして、訛った声で起きていますかという声がかかった。私は返事をして戸を開けた。
 自分が思っていた以上に早く戸が開けられたのだろう、びっくりした表情のスミさんが目の前にいた。私がおはようございますと言うと、スミさんも挨拶をし、井戸の所に案内してくれた。思わず「懐かしいなあ」と言葉がでた。スミさんが怪訝そうな顔をしたが、すぐにああ東京人だからねと呟いて納得してくれた。まだ全国共通の情報が行き渡っていないせいか、私の変わったことばや行動も東京人ということで片付けてくれるのはありがたかった。
 スミさんは私に手ぬぐいと文字通り粉の歯磨き粉を渡し、台所で朝食の用意をしておくとの言葉を残し去っていった。

 私は手押しポンプを操作し、お風呂をいっぱいにするために何度もバケツで運んだ、子供の頃の懐かしい思い出に涙が出そうだった。今この時こそ現実で、平成のあの時代が全部長い夢だったような感覚にとらわれた。アルミの洗面器に水を汲み顔を洗った。気持ちがすきっとなるのが感じられ、やはりあの祠に行かねばならないという決心がついた。

作品名:異 村 作家名:伊達梁川