異 村
トイレから出て、元の場所に戻ると座卓が少なくなっていて、少数の人達がお茶を飲んでいる。他の人は帰ったのだろう。私は出されたお茶を飲んだ。
どこかで柱時計が時を告げている。八つでそれは止まった。八時か、明るいうちにこの村長の家にやって来たのだが、いつの間にかそんな時間になっていた。当然外はまっ暗である。ここに泊めてもらうしかないのだろうなと私は村長の顔を見た。ちょうどそこへ私をトイレに案内してくれた女性が村長に何かを告げた。この女性はこの家に住み込みで働いている家政婦なのだろう。
村長は別の部屋に布団を用意させたから泊まってゆくようにと、その前に書斎を見せてあげようというようなことを言って歩き出した。私は丁寧にお礼をいい、その後について行った。
村長の書斎は二方がガラス窓のこじんまりした洋風の部屋だった。がっしりとしたデスクがあり、椅子もそれに相応しく重厚な黒褐色で蛍光灯の光を反射させていた。窓の上にはずらっと横に写真が飾られていた。勲章を胸につけた人物もいる。
村長は私に椅子をすすめ、デスクの鍵のかかった引き出しから小さな箱取り出した。箱から取り出されたのは巻物であった。慎重な手つきで私の目の前にあるテーブルに広げて見せた。
「お寺の協力でな、親爺が完成させたものだ。そしてここが」と村長は自分の名前と子供達の所を示した。そこには二人男の名前の脇に没年が記してあった。息子なのだろう。一人の娘は苗字が違っていたので、他の土地にいるのかもしれない。
家系図のずうっと先、誰もが知りたいと思うだろう戦国時代。私の興味を察したように、村長は巻物をするすると広げて、最初の方を示した。かなりシンプルになった人名たち。
武将の名前だと察せられるが、私に心あたりは無かった。
村長は、その武将の名前を私が知らないことに少しがっかりしたようではあったが、武将の殿様の名前を出し、私も知っているその名前に大げさに驚いて見せると、やっと得しそうな笑顔を見せた。
村長が大きな声でスミと呼び、あの家政婦と思われる女性が現れた。どうやらスミという名前らしい。そのスミさんの案内で廊下に出て、歩き出した。スミさんは庭が見える渡り廊下を過ぎてどうやら離れらしい部屋の前で私を振り返り、部屋の戸を開けて中に入った。そして庭の方からも利用できるトイレの場所を教えてくれて去っていった。
明かりは裸電球である。それは紐を引っぱって点けたり消したりする昔懐かしいものだった。部屋をざっと見渡したが、これといって興味をそそる物が無いので、私は布団の上に置いてある浴衣に着替え、布団に潜り込んだ。あ、お風呂の話が出なかったなあと思いだしたが、たぶんこんも村には水道も無いのだろうからと納得させた。私は電灯を消して目をつぶった。頭の中に今日の色々な出来事が入れ替わり立ち替わり現れては消え、また現れる。どこかでフクロウの鳴き声がしている。