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河上かせいち
河上かせいち
novelistID. 32321
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絵描きのはなし

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 卒業後、絵描きとわたしは別々の高校に入学しましたが、通学の電車が一緒だったため時々会うことはできました。
 その頃にはノートを一冊買って、手紙ではなくそれにお互いの近況を書くようになっていました。いわゆる交換日記でした。
 高校生になり2人とも携帯電話は手に入れていましたが、お互い決して携帯電話で深い話をしようとはしませんでした。
 そういう話にこういう利器に頼りたいとは思わない、その意見はお互いに一致していたからです。
 高校入学後、絵描きの外見はどんどん変わっていきました。
 化粧をし、スカートをぎりぎりまで短くし、制服を崩して着、アクセサリーをし、髪を染め、パーマをかけ、すっかりの女子高生になっていました。
 わたしは、あれほどお互い嫌っていた“今時の女子高生”になった絵描きを見て、怒りさえ覚えました。
 その頃から、絵描きの絵を描く頻度はどんどん少なくなっていきました。
 それでも1ヶ月に1枚くらいの割合でノートの端にそっと描かれる彼女の絵は、数年前とは比べ物にならないほどの出来栄えで、もはやそれは絵画と呼んでもよさそうなものでした。
 絵のモチーフは、ティーン雑誌のモデルようなぎらぎらしたアイメイクの女性、煙草を吸うDJなど“今時の若者”がえがいてありました。わたしは5人の男の絵や花の絵が懐かしくなりました。
 しかし文章については相変わらず、中学生のときと同じ、“今時の女子高生”に対する反感、自分達を取り巻く世界に対する苛立ちが綴ってありました。それを見て、不謹慎ながら安心してしまう自分がいました。外見こそ変われど、絵描きはやはり絵描きのままなのだと。ただ表現する方法が変わっただけなのだと。そう自分に言い聞かせながらも、どんどん着飾っていく彼女を見る度、苛々とどうしようもない寂しさが襲ってくるのでした。
 それを彼女に伝えることもできず、彼女に対して苛立ちを覚える自分にもっと苛立ち、前々から抱いていた破壊衝動を自分に向けるようになりました。
 腕に赤い線が増えていきました。



 その頃、わたしは初めて異性を好きになりました。
 同じ部活の2つ上の先輩で、よく彼への想いを絵描き宛のノートに書いたものでした。
 彼女は喜んで応援してくれましたが、結局気持ちが彼に伝わることはなく、彼は卒業していきました。
 その後、今度は絵描きがクラスメイトから告白を受けたと聞きました。
 彼は既に付き合っている人がいたのですが、絵描きを好きになってしまったのでその人を振って絵描きに告白したというのでした。
 絵描きは、やっぱりそういうのはよくない、と最初は断ったらしいのですが、その人の勢いに押されて結局は承諾したとのことでした。
 しかし、そのせいで絵描きは、彼の昔の彼女とそのグループからいじめを受けるようになったのだと聞きました。
 絵描きはただ鬱陶しいしイライラすると言っていました。
 そんないきさつのせいか、絵描きはノートの中で、彼に対し想いを綴るのではなくただ冷静に、彼とどこそこに行った、話をした、と客観的な描写を綴るのみで、本当に愛情があるのだろうかと疑ってしまうことすらありました。
 絵描きが昔語っていた信頼関係。絵描きはそれを彼との間で少しずつ成り立たせようとしてるのだろうとわたしは思っていましたが、本当のところは今となってもわかりません。
 一度失恋を経験した身としては、人に愛してもらえるのに、自分を認めてくれる人が現れたのに、どうして素直に喜ばないのだろうと不思議に思っていました。



 その後、わたしは二度目の恋愛をしました。
 彼にははっきりと想いを伝えましたが、断られてしまいました。
 そしてそのとき突然、ふっ、と気が付いたのでした。
 わたしは“普通の女子高生”にすらなれない。
 “今時の女子高生"を敬遠するあまり、わたしは普通の人間にすらなれていない。
 わたしは絶望しました。
 絵描きはいち早く見つけていたのです。
 “普通”になる方法を。
 人に愛してもらえる方法を。
 わたしは愛してもらえない。
 こんな変な人間は愛してもらえない。
 わたしは慌てました。
 絵描きがどんどん遠くへ行ってしまうのはそのせいだ。
 わたしは化粧をし始めました。
 スカートもはさみで切って短くしました。
 同時に腕の傷は増えていきました。
 誰か愛して。
 わたしは訴えました。
 絵描き宛のノートに、なんとか表現しようとしました。
 しかしいくら書いても上手く表現できず、苛立ち、破壊衝動は積もっていくばかりでした。



 その後、絵描きは処女を失ったとノートに記しました。
 それを読んで気が付きました。

 わたしは絵描きに対して羨ましさと、劣等感を抱いてたのだ。
 わたしは絵描きになりたかったのだ。
 “普通の女子高生”になって、人に愛してもらいたかったのだ。



 絵描きはその後、彼とケンカばかりした挙句分かれたと告げました。



 わたしはあれほど嫌っていた”今時の女子高生”になろうとしましたが、遅すぎました。
 既に高校三年生だったわたしには大学入試が待っていて、それどころではなかったのです。
 受験勉強も忙しくなり、わたしが絵描きに会うことはほどんとなくなりました。
 わたしは必死で勉強しました。
 今度こそ、“普通の女子大生”になって、愛してもらうんだ。
 孤独感を必死で無視しました。
 劣等感から必死で耳をふさぎました。
 絵描きからもらった絵を全て焼きました。
 絵描きに会いたくてたまりませんでした。


 高校を卒業し、大学にも合格し、ふるさとを離れる直前、わたしは久しぶりに絵描きに携帯電話でメールをしました。
 絵描きが遠くに行ってしまったようで、わたしとは違う人間になってしまったようで、寂しかった、と。
 絵描きから長い返信が帰ってきました。



「わたしのことなんか忘れて、勝手にそっちで生きればいい
 結局わたしはあんたが卒業後どこに行くのかすら知らないままだ」



 涙が止まりませんでした。


「ごめんなさい」



 わたしは返事を返すことができませんでした。





作品名:絵描きのはなし 作家名:河上かせいち