ピュワ・アイズ(人気女優殺人事件)
「つぎよ!そこからレナードが剣を持って飛び出してくる!」
暗闇の中、次にスポットライトが当たるだろう場所に智美が指差した。奈菜はその場所を見つめた。何か飛び出した。
「!」
飛び出したものはレナードではなかった。しかもタイミングはかなり早い。まだリッカルドのセリフが半分のところだ。観客は騒然となった。悲鳴すらそこらじゅうに満ちる。ワイヤーの先には目立つように黒い布か巻かれ、その下には白い布、さらに下には、下には人間の足が見えていた。力なく振り子のように振り回されていた。それを見てスタッフが飛び出した。緞帳は下ろされ、アナウンスは劇の中断を告げた。騒然とした雰囲気は非常事態を告げていた。ロケ隊も駆け寄った。
「いったい何事だ!」
本庄が叫んでいる。まわりに役者が集まった。非常事態に着替え中の若狭も集まった。あわてたようで、下に着るスウェット状態だ。暗転の間に若狭は暗殺者の黒服に着替える手はずなのだ。
ワイヤーが下されつられた人物が舞台に下ろされた。黒い布を取ると一同驚いた。美香だ!先ほど演技していた美香にワイヤーが巻かれている。まだ温かい。まだ5分ほどしかたってない。あまりのことに全員声も出なかった。
舞台は中止され、観客は返された。
「なんてことでしょう。いま、我々の目の前で楠美香さんは殺害されました。その現場に遭遇しました。」
仕方ないことだが、レポートの内容が変わってしまった。マスコミは我々しかいない。宗像のやれっの一言で始まってしまった。少々不謹慎と思う奈菜だった。
「ちょっと、不謹慎じゃない?人が死んでるのよ!」
と智美が宗像に詰め寄ったが、表情も変えず、流し眼で
「真実を伝えるのが俺たちの役目だ。俺がいいと言ってるんだ。やれっ!」
と静かに言うのだった。
そこに何人か人が入ってきた。警察だ。警官をかき分け二人の人物が入ってきた。
「皆さん!ご協力お願いします。」
そういう人物はなにやら童顔の若い青年だ。リクルートスーツと言うべき背広を着ている。そうではないのだが、彼が着るスーツはそう見えてしまう。これが刑事か?と疑いたくなるような雰囲気だ。さらに向こうにいるのは女性刑事だろうが、まるでモデルのように澄ましている。白いスーツは全く警官のイメージではない。
「警視庁捜査一課らしいわ・・・」
「うそでしょ?」
智美の言葉に奈菜は首をかしげた。捜査一課と言えば凶悪犯罪のプロ集団で、イメージは抜け目のない鋭い刑事という感じだ。トレンチコートの似合う目つきの鋭いおじさんってところか。しかもいきなり殺人捜査のプロが!まるでドラマだ。
「警視庁捜査一課紅広美警部です。捜査にご協力ください。」
通る声は自然と大きく出ていた。しかし動じない表情は刑事らしかった。
作品名:ピュワ・アイズ(人気女優殺人事件) 作家名:藤居