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てっしゅう
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novelistID. 29231
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哀の川 第一章 始まり

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帰り際に事務所によって、入会の手続きをした。自分は月に一度だけ、第三の日曜日だけ来れるからと話して、手続きした。傍に講師がやってきて、入会を喜んでくれた。「ご一緒できて嬉しいですわ」差し出す手で握手を求められ、その温かい柔らかな手に感動した。また来月のレッスン日まで楽しみが出来た、となんだかここに立ち寄ってよかったと浮き浮きした気持ちで、階段を居り、外に出た。

帰りにCDショップへ寄って、ダンス音楽のアルバムでも買って帰ろうと、山手線の駅に向かって歩いていると、横に黒い車が近づいてきて、窓から顔を出してこちらを呼ぶ声がした。

「斉藤さん!麻子です。どちらまで行かれますの?」
「ああ、麻子さん、渋谷ですが・・・どうしました?」
「私も渋谷よ。お乗りにならない?」
「はい、でも・・・お邪魔じゃないですか?」
「気を遣ってくれるのね、大丈夫よ、お乗りになって」

黒いジャガーXJSの助手席に直樹は座った。
「すっごい車ですね!見たこと無いけど、なんと言う車ですか?」
「ジャガーよ。それより、渋茶のどこまで行くの?急いでないなら、お茶してゆきましょうよ。美味しいカフェ知ってるから」

麻子は初めて逢った直樹に積極的になっている自分が不思議だった。夫が居るのに・・・子供も居るのに・・・

麻子は渋谷の神南に住んでいた。山手線の傍にあって、渋谷でも閑静な場所だった。電動のガレージシャッターを備え、夫の功一郎が所有するランボルギーニディアブロとポルシェ911Sカレラが並んでいる隣に麻子のジャガーも収まるスペースがある駐車場の上に、三階建ての豪華なレンガ造りの家が住まいだった。近所には金持ちの家が建ち並んでいたから、そう目立つ訳ではないが、ここら辺では一番の裕福な資産家であった。

直樹を誘って白金台のお気に入りのカフェへ車をつけた。車から降りた麻子の私服は、ダンスのときと違ってジーンズにTシャツというラフな姿で、それもまた彼女なりに着こなしていて似合っていた。どこから見ても自分とは違う世界に住んでいる人にしか見えなかったから、何故社交ダンスなどしているのか不思議だった。直樹はまずそれを聞きたくて質問した。

「麻子さんはどうしてまだ若いのに社交ダンスを始められたのですか?」
「山崎先生ね?ダンスの、私の姉なの。10歳上になるけどね。主人が出張で留守がちの話を姉にしたら、習いにおいでよ、って誘われたの。初めはえっ?って感じたけど、スクールの皆さん、親切で優しい方ばかり、でしょ?感じなかった?それで続けてみようって思ったのよ」
「ふ〜ん、そうでしたか。確かに皆さん一度目でしたが優しさは伝わりましたよ。お姉さんなんですか・・・似ていなかったから、解りませんでした」
「そうよね、背丈とか体つきとか、あまり似ていませんものね・・・」

結婚しているんだ!ボクよりじゃあ年上?・・・直樹は驚きを隠せなかった。

「斉藤さんは幾つなんですか?独身?こんな事聞いていいかしら?」
「構いませんよ。30歳で独身!彼女無しです」
「あら!彼女なんて聞いてませんよ。面白い人・・・年下ですね。私は35歳、子供は男の子で10歳になるの。一人だけ。ビックリした?」
「ビックリですよ!絶対に同じぐらいだと思っていたから。子供まで居るなんて、さらに驚き!ボクなんかとお話していて構わないんですか?その・・・結婚している訳でしょ・・・」
「あら?そんな心配しているの。ご親切に、ありがとう。構わないのよ、人に見られても。主人なんて・・・」

といいかけて辞めた。麻子はすでに夫の浮気に何となく気付いていた。だからって訳じゃないけど、自分も少しは楽しもうって考え方を変えていた。社交ダンスもその一つだったし、機会があれば昔のように恋愛もしたいと、自分の今しかない時間を大切に過ごしたいと考えていた。息子の純一だってすぐに大人になってゆく。まして家を出て独立したら、自分は全くの孤独な生活になってしまいそうで、怖かった。

「斉藤さんは、何故社交ダンスのレッスンに来たの?」
「何となくです・・・いや、本当は、あなたを見かけて誘惑されるように入ってしまいました。でも、ダンスは楽しいから続けます。麻子さんのことも伺いましたから、大丈夫です。よきダンスパートナーになれるよう頑張りますよ」
「それって、私をナンパしようとなさったの?まだはっきりと聞いていませんから、仰ってみてはいかがです?」

意味深な言葉を直樹は聞いた。麻子の目は真っ直ぐに直樹を捉えていた。もう逃げられない獲物を見つけたようなその目に、直樹は応えるしかなかった。

「はあ・・・麻子さんは、とても綺麗です。ボクなんか才能もないし、会社も一流じゃないし。収入だって良くない・・・身分が違いますよね?なんだか判っちゃったから、もういいんです。ダンス・・・頑張りますから」
「直樹さん?男はねそんな心構えじゃいつまでたってもだめなのよ。好きになったら、たとえ乞食になっても相手を幸せにするって気持ちでいかなきゃ。女はね、そういう男の強い気持ちに惚れるのよ!わかりましたか?」

麻子は、直樹の考えている事は当たり前かもしれないと思ったが、今日は何故だか気持ちが、高ぶっていた。直樹の誘いを嬉しく感じている自分と、世間の常識に戻されそうになる自分の二人が居た。

「初めて見たときから素敵な人だと思いました。そして一緒に踊ってくれた時に、なお強く感じました。・・・好き・・・です、麻子さんのことが。でも、迷惑だから思いを伝えるだけでいいです。相手のこと考えずに、付き合って下さいなんて、いうほど非常識じゃないです」
「斉藤さん!いや直樹さん、嬉しいわ。どうどうとは出来ないけど、時々逢ってお話して戴けます?年上だけど、気持ちはあなた以上に若いつもり・・・私こそ、あなたに素敵な彼女が出来たらその時はさよならしますから、安心して・・・」

それは麻子の本心ではなかったが、妻の立場である自分はそうせざるを得ない・・・と思っていた。直樹に告白されて昔の自分を見たような感情がこみ上げてきた。目と目が逢った。テーブルの上で組んでいた直樹の両手に自然と麻子は挟み込むように、自分の手を重ねた。

麻子の柔らかで温かな感触が手に伝わっていた。胸の鼓動が早くなってきた。どうせ暇なご婦人の気まぐれで遊ばれるのだろう、ぐらいに感じていた直樹ではあったが、自分のほうが好きになってゆく予感がしていた。それぐらいに麻子には自分にない積極的なところと、色っぽさがあった。店を出た二人は、少し歩きながら、散歩して話をした。

「直樹さんはどんな仕事してらっしゃるの?」
「うん、小さな輸入雑貨店で働いている。このごろのバブルで高いものが売れるから、結構忙しい。給料は安いけど、アハハ・・・やっぱりオーナーにならないといけないよ」