モントリオールのおじいちゃん
「メリークリスマス!」
僕と父さんと母さんとでモントリオールの家を訪ねると、おばあちゃんが玄関で暖かく迎えてくれた。
モントリオールはアメリカの僕の家よりももっとずっと寒くて、僕は空港を出たときからがちがちと凍えていた。
ようやく暖かい家に着いて、おばあちゃんとハグを交わすと、僕はそそくさと家に上がった。
「寒かったでしょう?今紅茶でも入れるわね」
おばあちゃんがキッチンに入ろうとすると、そこからひょこりと顔を出した人がいた。
「まあ、私ったら、紹介が遅くなっちゃったわね」
おばあちゃんはその子の背中をそっと押して、前に出させた。
「今うちに居候してる、サユキよ」
そのサユキと呼ばれた日本人は、にこにこと笑いながら、こんにちは、よろしく、とぎこちない英語で言った。
父さんと母さんもよろしく、と言いながら、握手を交わした。
「AJ、挨拶なさい」
母さんが僕を促した。子供じゃないんだから、言われなくてもちゃんとするよ。僕は内心思いながら、同じように自己紹介と挨拶をして握手をした。サユキは下手くそな発音で返した。
サユキはなんだか僕の学校にいる日系の子とは随分印象が違った。
高校生のくせに小学生みたいな幼い顔をしていて、そのくせ大人みたいに小奇麗な化粧をしている。まっすぐ伸びた前髪をヘアピンで横に留めている。邪魔なら切ればいいのに。服だって、皆みたいにジーンズにパーカーやセーターとかじゃなくて、ひらひらのスカート履いてパステルカラーのカーディガンなんか羽織って、気取った格好している。
やっぱり日本人はお金持ちなんだな。SonyとかNintendoとかすごいゲーム作っちゃう、テクノロジーの国だもんな。
僕は長いフライトで疲れていたので、荷物を下ろして、すぐにリビングへと向かった。
リビングでは、おじいちゃんが車椅子に座ってテレビを見ていた。
「やあ、おじいちゃん」
おじいちゃんは僕の顔を見るなりにっこりと笑って、もごもごと返事をした。多分、やあAJ、とか言ったんだろう。
久しぶり、と言いながらおじいちゃんと軽くハグを交わしたら、すぐ僕はバックパックの中からNintendo DSを取り出して、スイッチを入れた。
おじいちゃんは話し始めると長いのだ。長いだけならまだいいんだけど、何を言っているのかよくわからないから、正直、疲れる。僕はカウチにごろりと寝転がって、ペンで画面をかしゃかしゃこすった。
そのうちサユキがやってきて、カウチの端っこに座ってテレビを見始めた。僕はちょっと足を曲げて場所を作ってやった。ありがと、とサユキが小さく言った。
すると、さっきまでおとなしかったおじいちゃんが、突然きこきこと車椅子を移動させて、カウチの横にやってきた。
そして、サユキに向かって、何やら話をし始めた。
サユキに話しかけたってわかるはずないのに。僕だってわからないんだから。僕は起き上がって、カウチの反対側の端っこに座った。
ちらりと横目で見ると、おじいちゃんは何やらジェスチャーしながら、しわしわの顔を更にしわしわにさせて嬉しそうに話をしている。
サユキはただ、時折うなずいたり、Aha、とうなりながら、話を聞いている。
おじいちゃんが何の話してるか絶対わかってないくせに。笑顔でごまかして適当にあいまいな返事してるな。日本人ははっきりしないってのは本当なんだな。
だけど、おじいちゃんはそれに気付いているのかいないのか、にこにこ笑いながら、くしゃくしゃの手をひらひらさせて一生懸命に話している。
僕はなぜだかいらいらしてきた。
「AJ、あなたの荷物、部屋に持って行ってちょうだい」
母さんの声が地下室から昇ってきた。僕はすぐにバックパックをつかんで、DSの画面を見ながら移動した。
おじいちゃんは僕に目もくれず、サユキと話を続けていた。
作品名:モントリオールのおじいちゃん 作家名:河上かせいち