「神のいたずら」 第七章 事件
年が明けて弥生の受験がいよいよとなってきた。家の中にも緊張感が出来始め、いつもとは違う雰囲気に包まれることが多くなった。センター試験の結果を踏まえて二次試験は満足できる結果にようやく家の中が明るくなってきた。後は発表を待つだけだった。
「郵便です。小野弥生さま宛に書留です」
それは合否通知だった。
由紀恵は外出先から弥生が帰ってきたら一緒に見ようと待っていた。
「ただいま」
「弥生?お帰り・・・通知がさっき届いたよ。ここに置いてある」
「ほんと・・・ドキドキしてきたわ。ママ、一緒に見てくれる?」
「そのつもりよ・・・開いてみて」
「うん」
経済学部 合格
と書かれてあった。
「ママ!合格よ!やった・・・やった・・・」嬉しさを隠せずに跳ね回っていた。由紀恵も嬉しかった。
「ねえ?碧はどこ?」
「詩緒里ちゃんと出かけてるよ。晩ご飯までには帰って来ると思うけど」
「そう・・・」
「パパにメールしましょう!早く帰ってきてもらって、今日は弥生の合格記念に外でお食事しましょう」
「じゃあ着替えて出掛ける用意しなきゃね」
弥生は二階の部屋に上がって、これまで封印してきた洋服ダンスからお洒落なワンピースを出してきて来た。程なく戻ってきた碧も弥生の合格には、おめでとう!を連発した。促されてお洒落な服装に着替えて由紀恵と一緒に父秀之の帰りを待っていた。
久しぶりに家族4人で食事を採っていた。静かにピアノのメロディーが流れるホテルのレストランは、弥生にとって歓迎ムードいっぱいであった。
四月に入って、弥生は夢に見た早稲田に初登校した。オリエンテーリングを受けて、通常の授業が開始された。人気のある講義にはたくさんの学生が集まるため、早めに家を出て席を取って時間待ちをしていた。何気なく見渡すと少し上の席にどこかで見たことのある男子学生が座っていた。相手も弥生の顔を見つけると少し驚いたような仕草をした。
講義が終わって、扉を出たところでその男子学生は声をかけてきた。
「ひょっとして・・・小野じゃないか?」
「はい、そうですが・・・先輩?」
「ああ、上松だよ・・・弥生早稲田に来たのか・・・勉強頑張ったんだなあ」
上松先輩・・・あの自分を部屋で乱暴しようとした弥生の交際相手だ。
「俺のこと怒っているんだろうな・・・あれから連絡もしなかったし」
「もう忘れました・・・用事が無いなら帰りますので・・・」
「待てよ!そんな言い方・・・謝るから、許してくれよ」
「今更・・・何ですか?迷惑です」
「これから時々会うことになるんだ。弥生の許しをもらわないと、気が気でならないし」
「許せるわけ無いじゃないですか・・・あんなことされて」
「好きだったんだよ、その思いが強すぎて・・・解ってくれよ」
「解りません!身勝手です・・・なぜ聞いてくれなかったんですか?」
「聞くもんじゃないと思ったから・・・男は」
「私は先輩が好きでした。疑うこともなく家に行ったのに・・・裏切られたと思いました」
「すまん・・・ここで土下座するから許してくれ・・・」
その場にしゃがみこんで上松は頭を下げた。
周りの目からは奇異に映っていた。ざわめきが聞こえる。
「辞めて下さい!そんなことするのは・・・」
「許してくれるまで辞めない・・・」
弥生は根負けした。
「先輩・・・許しますから、立って下さい。お願い・・・」
上松の目には涙が今にもこぼれそうに溜まっていた。
弥生を食堂に誘い上松はランチを奢った。弥生は許したと言ってもここまでして欲しくなかったが、久しぶりに先輩の顔を見て昔のイメージが甦っていた。優しく頭の良かった先輩だったからだ。
「弥生は綺麗になったな・・・あの時も可愛かったけど今は見違えるよ」
「うまく言って何かたくらんでいるんですか?その手には乗りませんから」
「おいおい、酷いことを言うなよ!そんなんじゃないぜ。ランチ食べてまずは気持を落ち着かせて・・・な?友達で良いから、昔のように会ってくれよ」
「友達以下ならいいです。大学の知り合いとして・・・」
「それはないだろう・・・気持ちは変わってないよ弥生を見てそう感じたんだ。だから土下座して謝ったし」
「私は・・・変わりました。男の人は信じません」
「俺がそうさせたんだね・・・本当にゴメン・・・謝りきれないけど、ゆっくりで構わないから償わせてくれよ・・・弥生のこと今でも好きだ」
「会って直ぐ、好きは・・・信じられません!おかしくないですか?」
「何故だ?可愛くなった弥生を見て好きになってどこがおかしい?」
「好き好きって安売りしないで下さい。私には引き返すことが出来ません・・・多分心のどこかで絶対に許せない気持が表れてダメになります。解って下さい・・・他の人を好きになって下さい」
「俺は・・・弥生が好きなんだ。今本当にそう感じたんだ。諦めないから・・・また話そう。これ以上はキミの感情を高ぶらせるだけのようだから・・・」
上松はそう言って、勘定を払い出て行った。残された弥生はボーっと考えていた。初めて会う新入生の女子が同じ席に座ってきて、
「さっきの人、あなたに土下座していたけど、何かあったの?あ、私経済学部の明日香、初めまして」
「弥生よ。昔のことだから・・・酷い事されてそのままだったの。偶然ここで再会して、突然謝られたの」
「へえ〜そんなことあったんだ・・・恋人だった人?ひょっとして・・・」
「まだ子供だったから・・・そこまでは思ってなかった」
「これから付き合うの?」
「ありえない・・・いや、わからない」
初めて話をした明日香とは次第に仲良くなっていった。
碧も進級して二年生になっていた。クラス替えがあって偶然肇と同じクラスになった。体操部の運動のせいなのだろうか、身長も伸びて入学した頃よりはひと回りほど大きく成長していた。弥生の部屋に入って一緒に寝ることもなくなっていた。大学生になった弥生はもうすっかりと大人の雰囲気に変わり、碧とは少し距離が出来るようになっていた。
由紀恵は碧がまだブラをつけていなかったことを気にして、買ってやろうと声をかけた。
「今度の日曜日にママと一緒に買い物に行かない?」
「日曜・・・いいよ。何買うの?」
「気にしていたんだけど、碧ずいぶん大きくなったから、ブラをした方が良いと思っているの。一緒に買いにゆきましょう」
「ブラ・・・うん、そうする」
運動をしているときに胸が揺れるので気にはしていたけど、言い出せなった。弥生が言ってくれるかなあと待っていたが、昔のように話さなくなっていたからそのままになっていた。
体操用のサポーターはつけていたがブラはそれとは違うので、初めて店で試着したときはなんだか恥ずかしかった。由紀恵に、「これがいいんじゃない?あまり派手だと学校で言われるからね」と選んでもらった。詩緒里は碧がブラをつけて登校してきたことを直ぐに見つけた。
「あれ?今日から着けて来たのね。一年で変わって行くのね・・・去年は子供だって見ていたから」
「うん、背も伸びたし・・・なんだか怖い」
「何が怖いの?」
「女になってゆくのが・・・」
「それって普通じゃない?変な事言うのね」
「そう?」
作品名:「神のいたずら」 第七章 事件 作家名:てっしゅう