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てっしゅう
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「哀恋草」 第九章 彼岸花

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「久どの、光の見た父上様は何でございましょう?何も申されませなんだが、その目は私をじっと見つめる悲しいものに感じましてございます。もしや父上様は・・・久どの、昨夜から胸騒ぎがして、光はどうすればよろしいのですか」
「光・・・そなたの感じる事は久とて同じ思い。今はご無事を祈るしかあるまい。これに和束村を出立する前に、殿と最後にお逢いした時に預かったそなたへの書付がござる。万が一の折に渡せと、仰せ遣ったものですが、今そなたにお渡しする時だとそう思います」

懐から少しよれてしわになっている折りたたんだ封書を取り出し、久は光に手渡した。

「このようなものがあったのですね。父上様はご自分の命が儚い事をご存知だったのですね・・・見るのが怖い気がしますが、久どの傍にいてくだされませ。ご一緒に拝見しとうございます」
「良いですよ。お開きなされませ」

『この書置きを読んでいる頃には、父はこの世に居まい』から始まる内容には、自分が何をなそうとしているのか記されていた。勝秀は平氏の無念を晴らそうと自分の全てを捧げる覚悟を語っていた。そして、光に対して最愛の思いを告げることも忘れては居なかった。最後に、光の長い間の疑問にも答えを出してくれていた。それは、こう書かれていた事だった。

『光、許せよ、わしはそなたに本当のことを話さなかった。いや話せなかったのだ。久の不憫を思うと知らずに育てた方が良いと思ったからだ。生まれたときより大切に育ててくれた、久は、そなたの本当の母親じゃ。これからは久のこと母親として甘えるが良いぞ。そして、いつの日か、母となったそなたを見ることが久の最後の喜びになろう。二人で幸せに暮らせよ・・・かしこ、勝秀』

「久どの・・・いいえ、母上。光はずっとそう信じておりました。お許し下さい、身勝手なこれまでの振る舞いを・・・光は嬉しゅう存じます。心より尊敬申し上げておりました久殿が母上と判りました事を」
「光・・・長い間知らせずにいた私を許してください。そなたが生まれたとき、殿は奥様と離れ私の元に参ると申されました。しかし、それでは侍の名に恥じる、とお諌め申し上げました。預かりしお子として大切にお育てしますから、ご安心下さい、と和束村の小屋に引越ししてまいりました。時折訪れる殿に、そなたはよう懐いて、それはそれは可愛がっておられました。小さい頃は毎日のように私に、父上はいつ来られるのじゃ?とばかり聞いて・・・困らせて・・・」

走馬灯のように懐かしい思い出が久の頭の中を駆け巡っていた。ここまで話して、あとはもう言葉に出来なくなってしまった。

「母上・・・光は本当に大切なものを見失う所でした。父上のお心に我を見直してございます。ご安心召されませ。これからはお傍を離れませぬゆえ。中に入って皆にお話しましょう。今からは晴れて、母上!とお呼び出来るのですから」

光は志乃が話していた、女の喜びという思いが、久の抱いていた思いと重なるように感じた。好きな人のことを思う気持ちは思い出にすればいい、そして、母親となる自分を母上に見せることがやがて自分にも子供に対して感じるであろう、女の幸せ、に変わって行くのだと、受け止められるようになっていた。


街道から左に折れ進んでいた志乃と作蔵は、佐一郎がこちらに着いて来たことを知った。少し早足になって進む二人に気付かれまいと後をつけるが、長年のこういった仕事の感からなのか「待てよ・・・何か変じゃ」と思い始めた。一瞬、足を止めたところへ志乃は振り返りざま駆け寄った。その早さには作蔵も目を見張った。あっという間に志乃は、佐一郎と対峙していた。

「そなたは鎌倉の手のものか?名を名乗られよ」
「おぬしは、志乃と申す女子じゃな?わしは佐一郎、景時が家臣じゃ」
「なんと!梶原殿のご家臣とな、それは捨て置けぬ。覚悟をめされい!」

抜き放った懐剣を佐一郎めがけて斬りつけた。寸前のところで切り裂かれそうになったが、避けて逃げた。その足は素早かった。志乃は後を追いかけた、そのとき前方より男が立ちはだかり、逃げ道を塞いだ。

「おぬしは・・・一蔵!引き返したのか!」

追いついた志乃はひるんでいる佐一郎に飛び掛り、急所を打ち持っていた懐剣を首筋に寄せ覚悟を聞いた。

「ここまでじゃ、佐一郎殿。言い残す事はござらぬか?」
「えーい、こしゃくな、早う斬れ!」
「他の仲間達はいずこじゃ?追っ手は何人じゃ?」
「ふん、答えられぬわ。せいぜい首を洗って待つのじゃな、ハハハ・・・」
「そなたも利用されておるだけの人間じゃろうに、悲しいのう」

志乃は哀れむような視線を送った。佐一郎はぎょっとして忘れかけていた自分に気付いた。志乃の懐剣を持つ手が振りかざされた時、「待て!」と発し、命乞いをした。

夕刻の茜色の空が光と久を照らしていた。中に入ろうと催促する光に久はしばし待たれよ、と制した。
裏庭から見える小高くなった土手沿いに、赤い花が夕日に反射してキラキラと見えていた。

「彼岸花じゃのう・・・もうそのような時期になるのか。早いものよなあ。光、そなたは明けて十八になるのよのう?ずっと子供じゃと思うておったが、すっかりと良い娘になられたのう。お父上もさぞかしお喜びじゃろうて。そなたの横顔には勝秀様の面影が感じられます。私はこれまでにたくさんの幸せをそなたより頂きました。これよりは、そなたの幸せに思うようにお進みなされませ。母のことは、心配召されるな。どのようなことになろうとも、しっかりと生きて行きますゆえ・・・」

光を見つめる久の目は昨日までの女の目から、今は母の目に変わっていた。優しくどこまでも愛情を感じさせるその視線に、光は応えるように話した。

「母上の幸せは光の幸せ、そして光の幸せが母上の喜びになりますよう、生きて行きとうございます。光が見たお父上様のお姿は、きっと光に母上と共に幸せになるようにとの、ご暗示だったのでしょう。さあ、日も暮れてまいります。母上、中に入りましょう」

光は母の手を引いて中に入り、みんなに報告をした。久が母親であろうことは殆どが予想していたことではあったが、みよも弥生も涙を流して喜んでくれた。光にとって生涯忘れぬ二つ目の日になった。