暗闇の中に潜むモノ
最近姿を現さないMだが、どうやらオフ会の参加に忙しいという。しつこく私に見せびらかす写メも、最初の違和感はどこかに消えて、見慣れたものへと変わっていた。
――なんというか、アレだ。こいつが女の人と一緒にいるというのが中々見ないためか、違和感が強く感じられたのだ。
「バイトの帰り。あんたは?」
「俺? 俺はな、なんと飲み会の帰りだ」
どうだ、リア充死ねとでも言ってみろ、とでも言いたげなドヤ顔が癪に障る。
「まあ、君はエア友達と戯れていればいいのさ」
「……蟲蔵にでも突っ込まれたらいいのに」
そして発狂してしまえ。返して返して私を返して、とでも発狂すればいいのさ。
さて、おき。このMと外で鉢合わせるのは珍しい。何だかんだでこいつは忙しいのか、それとも暇なのか、どこか一箇所にずっと居座っていることが多い。そのためか、こうして出くわすというのは中々ないことだ。
「今から暇なんだけどさ、お前の部屋、行っていい?」
「まあ、いいけど」
別に困ることがあるわけでもなし、Mの提案を受け入れる。
Mは自宅を持っていない。というよりは、実家から追い出されて路頭に迷っている。寝食の大体は愛車の中古の軽の中で行い、風呂は安い銭湯で済ませている。今も銭湯の帰りなのだろう、手提げ袋を提げている。
だからこうして、スキさえあれば友人の家に泊り込もうとするのだ。流石に冬場は、あの通気性抜群の軽の中は辛いらしい。私のアパートも大概だが、布団があるだけマシだとか。
金はあるらしく、一度アパートを借りるように言ってみたが、どうやら親が保証人になってくれないらしい。一体何をすればそれほどまでに親に嫌われるのか、イッペン聞いてみたいと思うところだ。
道すがら、スーパーで夕飯の材料を買い込む。ところでこのスーパー、真夜中であっても平気な顔をして営業するような外道スーパーであるが、近隣のコンビニはこのことをどう思っているのか、非常に気になるところだ。
面倒なので、食事は鍋物にすることに決めた。昆布、鶏骨、鶏肉、白菜、葱、椎茸、しらたきという水炊き……というよりは無色鍋である。
所詮貧乏学生の鍋なんてこんなものだ。
寝床のボロアパートに戻ると、月が昇る時間になっても灯一つ点いていなかった。今夜はどの部屋の住人も用事があるようだ。よくこのボロアパートの住民たちで一緒に鍋を突付いたりするが、その時の鍋は今回のような貧乏鍋とは違う。たまに悪乗りしてしまうものの、大体がマトモな食材を持ち寄るからだ。
……ん? 集まって鍋パーティーを開けるような相手がいるということは、私もリア充の類だということになるのか? 非リア充というスタンスでやっているのだから、それはそれで問題じゃないのか?
そんなくだらないことを考えながらボロアパートの錆びた鉄階段を音を立てて登って行く。時々踏み抜いてしまうのではないかと不安になるが、不思議と抜けることはない。
当然ながら、部屋の中には誰もいない。シンと静まり返った空気が部屋には満ちていた。
「下沢のヤツ、大学辞めるって」
「マジで? なんでさ、今辞めていいことなんかないだろ」
「逆に、今以外に辞め時はないんだってさ。就職に少しでもプラスになれば、と思ったものの、ここ数年の雇用状況を見ると、このまま続けててもしょうがないとか思ったって。今は会社の設立を目指して資金を調達してるとか」
「ぇっはー。あいつも無理するなぁ。今創めても、それこそしょうがないと思うぞ、俺は」
「まぁ、少し状況が落ち着いてからでもいいとは思うけどね。ただ、流石に会社を創るとなると話が別なんじゃない? あいつの先見の明がどれほどのものか、知らないけどね」
そんな近況方向をお互いにしながら、私たちは鍋の準備を始めた。Mはカセットコンロを引っ張り出し、私は鍋に水と昆布と鶏がらを突っ込んで火を掛けつつ、具材を切ったり洗ったりする。
数十分も煮込むと、だし汁が出来上がる。鶏がらと昆布を取り除き、だし汁を土鍋に移して、そのままコンロでまず鶏肉を、その後白菜、白葱等を煮込んでいく。
最後にしらたきを突っ込んで、ひとまずは完成。机の上にスタンバイされていたカセットコンロへと鍋と残りの具材を持っていく。
後は取り皿とポン酢、お玉を持って行って鍋の準備はできあがる。
無個性な無色鍋であっても、ポン酢があってだしさえそれなりなら、美味しくできてしまうものだ。
「まあ、この時代、下沢並みの行動力がないと成功できないってことか。俺は無理」
「下沢が成功したらあやかろう」
自分で言っておきながら、最低な台詞だな、これ。
「ところで、下沢は何をするつもりなんだ?」
「エロゲメーカーだって」
「ああ、それは……成功するな……」
まあ、その下沢も下沢でアレな訳であるが。