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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 シャムはそう言うと赤に変わった信号の手前でバイクを止めた。背後に巨大なトレーラーが止まる気配を感じる。なぜかそのヘッドライトで背中を照らされて少しばかり暖かくなった気がしてさらにシャムの機嫌は良くなっていた。
『それで……警備部の連中はほとんどがコロニーか外惑星の出身だろ?それだとどうせ植物なんてネットでしか見たことがない連中だから……どれだけ役に立つか微妙なところだがな。とりあえず草でも抜かせるか?』
 苦々しげな吉田の様子を想像してシャムは少しばかり意地悪そうに笑いながら静かにクラッチをつなぐ。ゆっくりとバイクは加速して基地のある菱川重工業豊川工場の手前の信号を通り抜けた。 
「この時間に草抜きは……野菜とか抜かれちゃったら大変だから……まだしばらくは休んでいてもらって日が出てからにしようよ」
 それだけ言うとシャムはバイクを路側帯に寄せる。予想した通りトレーラーはシャムのバイクをかわして一気に加速をかけて通り抜けて行った。 
「それにしても……最近暇よね」 
『まあ第二小隊とアイシャは事件捜査で忙しかったみたいだけどな。俺達は蚊帳の外だ』
 吉田の言葉でシャムは二週間前のあるシャムと同類の起こした後味の悪い事件のことを思い出した。
 シャムはいわゆる超能力者、『法術師』である。
 シャムにも深い理屈は分からないが地球人達から見て空間を捻じ曲げたり心を読んだり触りもせずに物質を加熱できたりする力は脅威以外の何物でもなかった。
 そんな力を持つ人達がマイノリティーとして差別の対象となり始めたことがその事件のすべてのきっかけだとシャムは聞かされていた。 
「たぶん隊長の意向だとは思うけど……少しはアタシ達もお仕事したいよ」 
 豊川工場が近づくと大型車の流れが次第に緩んでいく。シャムはそのままバイクで大型車の間を縫うように走る。そのアクロバティックな動きに思わず焦った鉄骨を積んだトレーラーの運転手がクラクションを鳴らす。
『相変わらず混んでるみたいだな……三車線じゃ足りないだろうが……東和の役所も予算で動いているからな』 
「うーん。広くしてほしいの山々なんだけどね。特に昼間は渋滞するから」 
 そう言いながら前を見たシャムの視線に部隊の駐屯している菱川重工業豊川工場のエントランスゲートが目に入った。
「じゃあもうすぐ着くから」 
『待ってるぞ』 
 通信が切れるのを確認するとシャムは早出で出勤するらしい技術者の乗用車が入り口で係員のチェックを受けるために並ぶ中。その行列の中にバイクで割り込むことになった。
「厳重なのも当然かなあ……」 
 この前の事件以外にも半年前の法術の存在が公然の事実となってからこの東和を含む遼州と地球圏の関係は流動的で不安定なものになったのはシャムにも理解できることだった。
 毎日隣の崑崙大陸や外惑星では法術師によるテロが行われ、アメリカをはじめとする地球圏の対テロ部隊による表ざたにされることのない超法規活動のうわさがまことしやかにささやかれていた。
 そして法術を最大限に活用する人型兵器『アサルト・モジュール』の最新鋭機の開発の中心部であるこの菱川重工豊川工場はには常に危機があると言っても過言ではなかった。
「仕方がないんだよねえ」 
 シャムにできるのはこうして黙って待っている間に冷えていく指先に息を吹きかけるくらいのことだった。
 シャムが部隊の入り口のゲートに到着するといつもは徹夜で警戒しているはずの警備部のメンバーがいる詰め所に人影がなかった。少しばかり不安に思いながらシャムは周りを見渡した。
「誰かいないの?」 
 バイクのスタンドを立ててそのまま警備室を覗き込む。静かに時計が時を刻んでいるばかりで人の気配はなかった。仕方なくシャムはバイクを押しながらゲートをくぐろうとした。
「何してるんですか?」 
 突然暗闇から出てきた金髪の大男の言葉にシャムはどきりとして傾いていたバイクを転がしそうになった。
「なによ!びっくりしたじゃない!」 
「びっくりしたのはこっちですよ。そこに呼び鈴があるじゃないですか」 
 そう言いながらこの寒い中タンクトップに作業服という姿の古参の警備班員のイワン・シュビルノフに苦笑いを向けるだけのシャムだった。
「だって……」 
「いいですよ。ゲート開けますから下がってください」 
 イワンはそう言うと警備室に頭を突っ込んでボタンを操作した。ゲートが開き、シャムもバイクを押して部隊に入る。
「でも誰もいないのね……なんで?」 
 自分よりもふた周りは大きいイワンを見上げながらシャムがたずねた。イワンはしばら頭を掻いた後困ったような表情を浮かべながら口を開いた。
「うちの馬鹿三名が……夜間戦闘訓練装備の装着訓練で暗視ゴーグルを踏み潰しましてね」 
「あちゃーそれはマリアのお姉さんは怒ったでしょ?」 
 あまりの出来事にシャムですら唖然とした。法術の存在を知らしめることになった『近藤事件』以来、寄せ集め部隊の名で呼ばれていた遼州同盟司法局保安隊は著しく評価を上げることとなった。そしてその作戦遂行能力の高さと人材育成能力を買われて発足時からの隊員や部隊長の引抜が続くことになった。
 すでに管理部部長、アブドゥール・シャー・シン大尉、実働部隊隊長兼保安隊副長明石清海中佐などが新規の同盟直属部隊に引き抜かれた他、隊員達も次々と出身国の軍に破格の待遇で引き抜かれたりすることが多くなっていた。
 特に非正規戦闘を得意とする警備部のメンバーの入れ替えは激しく、年末に半分の隊員が入れ替わるという異常な状況を呈していた。そして隊内の明らかな練度不足に部長のマリア・シュバーキナ少佐が頭を抱えていることはシャムも承知していることだった。
「それで……訓練中の新兵君達は?」 
 イワンはバイクを押しながら歩いているシャムに付き従った。
「ああ、連中はグラウンドでランニングですよ。隊長の気のすむまでこき使われるでしょうね」 
「かわいそうに……」 
 冬の遅い日の出を待ちながら薄暗いグラウンドを走っている警備部員を想像してシャムもしみじみとうなづいた。
「あまりいじめるのもかわいそうだから草取りでも手伝ってもらおうかしら」 
「それはいいですね。隊長に伝えてきます」 
 シャムの思いつきに笑顔でそう答えるとイワンはそのままグラウンドに向かう畑の道を走っていった。
「これなら今日で終わるかな」 
 そう言うとそのままバイクを押して駐車場へと向かうシャム。そして彼女の接近を知ると熊のほえる声が響いていた。
「あ、グレゴリウスの料理……」 
 シャムは荷台に目をやる。そこには発泡スチロールの箱があった。
「そうだ、急がないと」 
 彼女はそのまま走っていく。駐車場には夜間訓練の関係で警備部員の車が並んでいた。そしてその向こうには見慣れたバンが止まっていて隣には見慣れた人影が見えた。
「遅いな」 
 吉田はそう言うと端の駐輪所にバイクを止めるシャムに声をかけた。
「別に時間は自由だからいいじゃん」 
 そう言いながら荷台から箱を下ろすシャム。吉田はにやりと笑うと彼女から箱を受け取った。
「いいもの食ってるんだな。うらやましいよ」