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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 心配そうに和美が椅子に座りながらつぶやく。シャムは条件反射のようにうなづきながら箸を進めた。
「それにしても……シャムちゃん小さいよね。本当に30歳なの?」 
 静香の何気ない一言に場が凍りついた。
「うーん……それはね」 
「うん」 
 元気良く静香がうなづく。シャムはそれを見るとポケットに手を突っ込んだ。
「免許書は何度も見せてもらったよ。そうじゃなくて……」 
「じゃあわかんない」 
 最後の一口を茶碗から口に入れながらシャムがつぶやいた。それを見て安心する佐藤夫婦。
「それじゃあ……お茶入れるね」 
 シャムはそう言うとすばやく椅子から降りてそのまま慣れた調子で茶箪笥に手を伸ばした。まったく普通に茶筒を出して流しにおいてある急須と湯飲みに手を伸ばして要領よく並べていく。
「本当にシャムちゃんは偉いわね……下宿代貰っているのにこんな手伝いまでしてくれて」 
「お母さん、大人にそれは失礼よ」 
 感心する母にため息をつきながら静香は立ち働くシャムの背中を眺めていた。
 湯飲みを並べ。当然のようにお茶を注ぐシャム。それを見ながらこの家の大黒柱の信二がようやく茶碗に手をつけた。
「でもいつもごめんなさいね。うちは魚屋だから朝早くに起こしちゃって。いつもお仕事で夜遅くまで大変なのに……」 
「お母さん何言っているの!シャムちゃんもこの時間からいろいろすることがあるのよねえ」 
 和美の心配する様子に静香が茶碗をテーブルに置くと遠慮なくシャムに語りかける。
「うん!グレゴリウスと畑が心配だから」 
「畑……本当にうちでは食べきれないくらいもらっちゃって。いいのよ、家賃を半額にしても」 
「だめ!最初に決めたことだから」 
 そう言うとシャムは立ち上がり伸びをする。そのにぎやかな様子に引き込まれたというように奥の部屋から寝巻き姿の信一郎が現れた。
「起きちゃったよ……もう少し静かにしてくれないかな」 
「お兄ちゃんは遅すぎ!そんなことじゃ東都理科大なんて受かんないわよ!」 
「不吉なこと言うんじゃねえよ!ああ、母さん。ご飯は少なくていいよ……まだ眠くて」 
「落ちちゃえばいいじゃない」 
 妹に言うだけ言われてむっとした信一郎はそのままトイレに向かう廊下に消えていった。それを見たシャムはそのままジャンパーを叩いて再び伸びをする。
「ご馳走様!出かける準備をするね」
「お茶ぐらい最後まで飲んでいけば……」 
 和美が心配するのに首を振るとシャムは信二から受け取った発泡スチロールの箱を手に再び階段を上った。
「さてと……」 
 部屋に戻ったシャムは部屋の隅の漫画本が並んでいる書庫の隣の小さなポシェットに手を伸ばす。それを開けばポケットサイズの回転式拳銃が収まっていた。
「これでよしと」 
 それを肩にかけるとそのまま再び階段を下りる。ぶつくさ言いながら飯を口に運ぶ信一郎。ちょいと顔を伸ばすのは元気な静香。
「行ってらっしゃい!」 
 静香に元気な声で語りかけられると照れながら手を振るシャム。
「行ってくるね!」 
『行ってらっしゃい!』 
 佐藤家の人々の声を受けながらシャムは魚屋の裏口の扉を押し開いた。
 家庭の暖かさに頬を緩めながら引き戸を開けて外に出たシャムは思わず襟首から入り込む冷気に身をちぢこめて耐えるしぐさをする。
「寒い!」 
 遠慮なく吹き付ける北からの季節風にシャムは手に手袋が無いのを思い出した。バイクに乗るときには、基本、ジャケットのポケットから取り出したライダーグラブをつけるのが好きだったが、この寒さでは後悔するかもしれないという気になった。
「でも気合を入れなきゃね」
 手のひらにはレザーの緊張感が走るが、指は当然剥き出しで、寒さは骨にまでしみる。
「馬鹿やってないで早くしよ」 
 そう言うと佐藤家の軽トラックの荷台の幌。その隣においてある自分の愛用のスクーターの隣の猫耳つきのヘルメットを被った。なんとなく暖かくなる顔。フルフェイスなのでこの季節風の中を走るのには適していた。
 空には星が瞬いている。まだ空が白むには早い時間。
 シャムはすぐに遠隔キーでエンジンを吹かす。白い愛用の50ccエンジンは部隊の整備班が班長の島田正人准尉の肝いりでチューンしただけあって快調に起動した。軽快なエンジン音にシャムは寒さから一時解放されたかのようにほほ笑むと静かに彼女の低い身長に合わせたかのような小型バイクにまたがった。
「さてと」 
 そのままクラッチを握り駐車場の斜面に沿ってゆっくりと車輪を滑らせて商店街の歩道に乗り上げるとそのままライトをつける。
 魚屋の香りに誘われて集まっていた三匹の猫が突然の光の筋に驚いて駆け抜けていく。
「ごめんね脅かして」 
 そう言うとシャムはアクセルを吹かしてクラッチをゆっくりとつなげた。緩やかに走り出すバイク。軽快なエンジン音が眠ったベッドタウンの豊川市の市街地に響いた。
 一気にトップまで引っ張るとカスタムメイドのエンジンは唸りをあげる。アーケードが途切れて住宅街を進み、誰も走るもののいない市の動脈といえる駅前から続く道を突っ走るシャムのバイク。その左右の家並みも次第にまばらになったころ、目の前に絶え間なく大型車の流れる幹線道路が現れた。
 『産業道路』呼ばれるこの豊川市から東和都心へと向かう大動脈。シャムはためらうことなくそのまま青信号を左にカーブして車の流れに乗る。
「寒いよう……やっぱり毛糸の手袋とかにすれば良かった」 
 指先の感覚が無くなったりするのを後悔とともに感じながシャムのらバイクは走り続けた。左右には田んぼが広がり、ところどころには大型車目当ての大きな駐車場を持つドライブインが点々とする山岳民であるシャムには珍しかった光景が並んでいる。
 そのとき突然ヘルメットの中のイヤホンに着信音が響いた。ぼんやりとただ正面を眺めていただけのシャムの背筋が反射でピンと立ってしまっていた。
「突然……誰?」
『俺だよ俺』 
「俺なんて知らないよ」
『ったく誰にそんな言い方習った』
 困ったような声。その主はシャムにもわかっていた。冗談の通じない相棒のいつもの苦笑いを思い出すとシャムには笑みが浮かんでいた。
『いい加減にしろよ』 
「わかってるよ。俊平どうしたの?』 
 第一小隊三番機担当の吉田俊平少佐。全身義体のサイボーグである彼のネットと直結した意識はシャムのヘルメットの猫耳に仕込まれたカメラで薄明かりの中をバイクを走らせているシャムの視線を読み取っていた。
「アタシのすることはいつもお見通しなんでしょ?で、何か用なの?」 
『ああ、今朝の畑仕事だが警備部の連中が手伝ってくれるそうだ』
 吉田が『警備部』の話題を切り出したことで彼がおそらくは何事かがあって隊に泊まっていたことを知ってシャムは少しばかり不安になったが、それよりも今のような寒い時期に畑の人手が確保できるのがうれしくてさらににこやかに言葉をつづけた。
「そうなんだ。助かるね……要ちゃん達は嫌がるから誰かに頼みたかったから」