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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 一応はシャムの階級は中尉。ましてや遼南では『白銀の騎士』と呼ばれた伝説になるべきエースである。頭から怒鳴りつける勇気は島田には無かった。
「俺達も必死で仕事をしてるんですよ。仕事ってのは中尉達の機体が安全に運行できるようにすべての機材のチェックを行うことなんです。ですからあんまり勝手なことされると……俺だって西を怒りたくて怒っているわけじゃないんですから……その辺分かってくれます?」 
 しゃべりながら半歩ずつじりじり迫ってくる島田の迫力にシャムは思わずのけぞった。
「う……うん分かった」 
「そうですか……わかってくれましたか……」 
 そう言うと島田は身を引いて大きく深呼吸をした。シャムはようやく嵐が過ぎたと言うようにため息をついた。
「一応、このことはクバルカ中佐に報告しますんで」 
「え!」 
 冷静に放たれた島田の言葉に飛び跳ねるようにシャムは驚いた。島田はあまりシャム達のミスを上に報告したりはしない。逆にそのことで自分の直属の上官である技術部長の許明華大佐に怒鳴りつけられている姿もシャムは何度か見ていた。その島田がシャム達の行動をランに報告する。シャムは自分のしたことを悔いながらうなだれたまま島田に敬礼した。
「ハンガーにはそれだけ危険なものがあるんですよ」 
 去っていくシャムとアンの背中に慰めるような島田の言葉がむなしく響いた。
「すみません……僕が注意していれば」 
「アン君は悪くないよ。私のせい」 
 申し訳なさそうなアンにそう言うとシャムはとぼとぼとハンガーを歩いた。整備班員も先ほどの島田の雷を見ているだけに落ち込んだ二人に声をかけることも出来ずに知らぬ顔で通り過ぎていく。
 そのまま階段を上り、管理部の透明のガラスの向こうで作業を続ける事務員を眺める。月末も近い。当然のことながら管理部の忙しさは半端ではなかった。
「はあ……」 
「落ち込まないでくださいよ……」 
 シャムのため息に悲しそうにアンが答える。そのままシャムは廊下を進み実働部隊の詰め所の扉を開いた。
「おう!シャム。反省文。四枚な」 
 小さなランがシャムの机にある紙を叩くとそのまま自分の席へと戻っていった。奥でニヤニヤしているのは吉田。
「俊平……ちくったな!」 
「人聞きが悪いことは言うなよ。あれの中身はお前も何度か聞かされてたはずだぞ?……ははーん。忘れてたな?」 
「俊平!」 
 シャムが叫んだ途端、ランが自分の机を思い切り叩いた。要は首をすくめてこの部屋の主を見た後ニヤニヤ笑いながらシャムを見つめてくる。
「くだらねー争いは止めろ。それと付け加えると反省文はボールペンで手書き。誤字脱字があったら再提出だからな」 
「はーい」 
 シャムはそう言うと自分の机に向かった。
「あのう……中佐。自分は?」 
「アン。テメーはあれだろ?シャムのあとについて降りたそうじゃないか。それにこいつは士官。テメーは下士官だ。士官は部下の見本とならなきゃなんねーよな。と言うわけでテメーは自分で心の中で反省しろ。反省の形は先輩で上官のシャムが残す」 
 そう言うとランが一息ついたというように目の前の端末を終了させた。
「シャム!反省文は今週中でいいぞ。どうせオメーのことだから明日までとか言うと誤字脱字ばかりでオヤジさんに出せるようなもんはできねーだろうからな。8キロ走!」
「はいはーい」 
 いかにも面倒ですと言うように立ち上がるのはフェデロ。正面の岡部はやる気があるようで即座に立ち上がると足首を回して準備を始める。
「そう言えば……誠ちゃんは?」 
 いつも一番にアクションを起こす誠がいないことに気づいてシャムは首をひねった。
「カウラさんも……」 
 アンは驚いたように要を見る。要は特に気にしていないというように首筋に刺さっていたジャックを抜いて端末の作業を静かに終えている。その不気味な沈黙の理由を知りたい好奇心に駆られながらシャムもまた静かに立ち上がった。
 突然詰め所の扉が開く。
「あ!8キロ走……準備ですね」 
 出てきたのは誠。そう言うとそのまま自分の席まで駆け寄りそのまま端末を終了する。
「誠ちゃん」 
「はい?」 
 シャムの言葉にしばらく停止する誠の顔。シャムはそれとなく要を見る。それでも何も分からないのか不思議そうにシャムを見つめてくる誠。
「誠ちゃん。カウラは?」 
「カウラさん?」 
 これまた良く分からないと言う顔の誠。要はシャムの言葉を聞いていないようで手元の冊子を覗き込んでいる。
「だから!」 
「シャム!うるせー!」 
 大声になっていたシャムをランが怒鳴りつける。なんだか良く分からないと言う表情のまま誠は部屋を出て行くランに続いて行った。
「西園寺さんはご存知ですか?」 
 アンが要に声をかけた。シャムは要は誠のことが好きで同じく誠が気になるカウラを目の敵にしていると思っていた。だがアンの無謀とも言える声掛けに要はめんどくさそうに顔を上げて首をひねっている。
「なんでアタシが知ってなきゃならねえんだ?アタシはアイツの保護者か?」 
「でも……神前先輩は……」 
「ああ、アイツはシミュレーションの結果の修正をしてたんだ。それとカウラは今は隊長室」 
 そう言うと要はゆっくりと立ち上がる。要の反応をじっと観察していたロナルドはじめ第四小隊の面々はそれを確認するとそそくさと立ち上がりそのまま部屋を出て行った。
「隊長室?また要ちゃんが何かしたから怒られてるの?」 
「だからなんでアタシとアイツをくっつけて考えるんだよ。あれだ……お姉さんの抜けた後のことでいろいろとな……まあちっこい姐御はもう案を出してるらしいからその説明だろ」 
 そう言うとそのままランの部隊長席の隣の出口へと進んでいく要。
「いい加減着替えねえとちっこいのが怒るぞ」 
 要に指摘されてまたランの怒りを買うと思ったシャムとアンはそのまま小走りに部屋を飛び出していった。
 廊下に出ると隊長室から出てきたカウラにばったり出くわした。
「ああ、シャムか」 
「何か言われたの?カウラちゃん」 
 シャムの言葉にお茶を濁すような笑みを浮かべるとそのままカウラは詰め所に消えていった。それを見守るとシャムはそのまま廊下を足早に進む。突き当りの男子更衣室に飛び込むアン。ざわざわと談笑する声が響く。シャムはそれを見ながら医務室を通り抜け正門に下る階段を降りていった。
 いつものことながらにぎやかそうな声が踊り場に響いていた。
「ああ、シャムちゃんじゃないの!」 
 廊下で部下と馬鹿話をしていたと言う感じの長い紺色の髪の長身の女性。アイシャ・クラウゼ少佐は今回の運行部部長鈴木リアナ中佐の妊娠に伴い運行艦『高雄』の艦長代理に決定している人物だった。
「さっきカウラちゃんが隊長に呼ばれていたけど……」 
「ああ、それね。私も呼ばれたわよ」 
 あっさりと答えるアイシャ。それを見て運行部の女性隊員達はそのまま二人を置いて自分達の部屋へと戻っていった。
「何かあるの?」 
 心配そうにたずねるシャム。その頭を撫でながらアイシャは相変わらず何を考えているのか良く分からない笑顔を浮かべていた。