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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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「別に何も無いわよ。まあ……お姉さんはパイロットも兼ねるからその辺のことでアン君とか誠ちゃんが使えるのかどうか聞かれていたみたいだけど」 
「それでどう答えたの?」 
 先ほどもアンの指導をしていただけにカウラの二人の評価がシャムには気になった。シャムはとりあえず任務の遂行には支障は無い程度には二人は育っていると思っていた。
 確かに先ほどのシミュレーションのようなきわめて困難なミッションとなれば、相当なフォローが必要なのは事実だった。だが運行艦での出動となれば最低でもカウラと要の第二小隊の面々がフォローに入ることは出来る。そうシャムは思っていた。
「まあ……カウラちゃんだからね。結構厳しいこと言ってたわよ」 
「やっぱり……でもしょうがないわよね、こればかりは。お姉さんのおめでただもの」 
「まあそのあたりをあの子も考えられるようになれば一人前の部隊長なんだけどね」 
 いかにもえらそうにアイシャはそう言うとそのまま運行部の部屋の扉を開く。
「シャムちゃん。ランニングでしょ?」 
 部屋に消えるアイシャに指摘されてシャムはまた自分の目的を思い出してそのまま廊下に沿って女子更衣室目指して急ぎ足で歩き続けた。
「遅せーぞ!」 
 扉を開くとすでにジャージを着込んでいるランの姿が目に入った。シャムは頭を下げながら自分のロッカーに手をかけた。
「そう言えば……ランちゃん」 
 昨日ランニングに出たときに今日は持って帰ろうと思っていたことを思い出しながらシャムはつぶやいた。
「何だ?リアナの抜ける穴のことか?」 
 部屋の奥の出っ張りに背中をつけたまま真正面を見つめているランが答える。シャムはあっさりと自分の質問の内容を言い当てられてどうしたら言いか分からないまま上着のボタンを外した。
「まあ……あれだ。任務をこなすと言う面から言えば結構穴は埋まると思うぞ。アイシャもああ見えて判断は的確で、あとは経験を積むだけだから。今回のリアナが抜けるのは逆にいいことになるかもしれねーからな。うちだってそうだ。今度出動となれば最低でもアンの野郎には待機任務についてもらうからな。いい経験になるんじゃねーかな」 
 シャムはどこかうれしそうな色を帯びているランの言葉を聴きながら脱いだ上着をハンガーにかける。
「だよね。第三小隊の成長がうちの成功の鍵だから」 
「分かってるじゃねーか。それならアンの教育。しっかりしてくれよ」 
「了解!」 
 シャムは元気にそう言うと今度はネクタイに手を伸ばす。
「済みません!遅れました」 
 慌てて入ってきたカウラがすぐに自分のロッカーを乱暴に開けた。そしてその後ろにはいつも自転車でついてくる係りなので着替えない要がだるそうにドアを閉めて近くのパイプ椅子に腰掛ける。
「足腰はすべての基本だからな……がんばれよ」 
「要ちゃん、他人事だと思って……」 
 外したネクタイを掛けながらつぶやくシャムをにんまりと笑いながら要が見つめてくる。
「まあ他人事だから。姐御!賭けます?」 
「馬鹿言ってんじゃねーよ。オメーも今日は着替えろ」 
 ランの言葉に明らかに嫌そうな顔をする要。だがランの言葉に逆らうことがあまり得策ではないことくらい要も十分知っていた。そのまま自分のロッカーを乱暴に開くとするするとネクタイを外す。
「寒いからね。走るとあったかくなるよ」 
「気休めありがとう」 
 シャムの言葉を聴きながら要はめんどくさそうに上着を脱いでロッカーの中に吊るした。
「さてと……ぐだぐだやってても仕方ねーか」 
 そう言うとランはそのままシャム達の間を抜けて扉にたどり着く。そして振り返り周りを見渡した。
「出来るだけ早く来いよ。さもねーと野球部の練習時間潰すからな」 
 ランの言葉にびくりと反応したのは野球部の監督でもある要だった。無言でそれまでのゆっくりした動作を加速させる。その様子にニヤリと笑ってランは部屋を出て行った。
「おい、カウラ!早くしろよ」 
「それならシャムにも言えばいいだろ?」 
 ぶつぶつつぶやく二人を見てほほえましいと思ってシャムはアンダーシャツに袖を通した。
「早くしろ、早くしろ」 
「うるさいんだよ」 
 あいかわらずの二人。シャムは黙ってジャージのズボンを履く。
「ああ、あとはズボンと……」 
「だからうるさいんだよ」 
 カウラのぼやきを聞きつつジャージの袖を通す。そしてジッパーを閉めて何度か腕を回す。
「じゃあ行くわね」 
「待てよ……シャム」 
「要ちゃん。早くしなよ」 
 シャムはそう言い残して半分履きかけのスニーカーを引きずって更衣室を出た。廊下では相変わらず運行部の女性隊員がなにやら雑談を続けている。それを見ながら玄関の階段まで来るとシャムは履きかけのスニーカーの靴紐を締めなおし始めた。
「ナンバルゲニア中尉、ランニングですか?」
 そう言って話しかけていたのは玄関に並べられた鉢植えのシクラメンに水をやっていた医務官のドムだった。健康優良児だらけの保安隊では任務でも無い限りは彼の出番と言えば健康診断くらいのものだった。かと言って司法執行機関と言う性格上、いつけが人が出てもおかしくない職場ではある。だから大概は彼はこうして植物を育てて時間を潰している。
「うん。今日も8キロ」 
「出来ればヨハンをつれてってやってくださいよ……アイツはぜんぜん運動する気もやせる気も無いみたいで……」 
 やはり彼も医者である。肥満体型のヨハンが下士官寮で食事管理を受けているのも彼の発案だとシャムは聞いていた。
「でも急に走ったら体に悪いよ。アタシ達、結構飛ばすから」 
「なら仕方ないね……アイツには別メニューを組んでおきますか」 
 そう言うと納得したようにドムは如雨露を置いて玄関へと消えた。シャムは結び終えた靴紐の感触を確かめながらそのままグラウンドへと続く道を歩き始めた。
「さてと……」 
 シャムが立ち上がると玄関から要とカウラが飛び出してくる。
「シャム!早くしろよ!」 
 怒鳴りつける要。シャムは渋々その後を軽いランニングでグラウンドへと向かう。
「揃ったな」 
 軽くジャンプしながら迎えたのはランだった。だるそうに頭を掻くフェデロ。ロナルドと岡部はスクラッチをしている。そんな二人の前で手持ち無沙汰で立ち尽くす誠とアン。
「今日は並走は?」 
 シャムの言葉にランがグラウンドの果てを指差した。
 北風の吹きすさぶ中、一台の自転車がシャム達に近づいてくる。部隊の備品の古い家庭用自転車に乗るその巨体がその人物が誰であるかを知らしめている。
「なんだよタコか」 
 要がめんどくさそうにつぶやいた。タコと呼ばれたランの先任の保安隊副長明石清海中佐が颯爽と自転車をシャム達の前に止めた。
「明石。一言言っていーか?」 
「何ですか?クバルカ中佐」 
 剃りあげた頭を撫でながらサングラスを光らせる身長2メートルを超える大男にランはため息をついた。
「自転車壊すんじゃねーぞ」 
「あ?……ああ、大丈夫なんちゃいますか?」 
 とぼけたような赤ら顔でそのまま自転車から降りて固定する明石。その様はまるで子供用自転車を片付ける親のように見えてシャムは噴出しそうになった。