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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 そう怒鳴った後大きくため息をつくシャム。この面倒極まりない障害物競走の後には3キロ走が待っている。法術を使おうが使うまいが3キロは3キロ。空間を切り裂いて瞬時に移動することも出来るがそんなことをランが許すはずも無い。
「これも訓練、訓練」 
 自分に言い聞かせるようにしてシャムはそのままコードの森に再びもぐりこんだ。行きのあまり急がないで進んでいたときはそれほど邪魔に感じなかった定期的に出現する緑色の冷気を溜め込んでいるように煙をたなびかせているパイプが今度はやけに邪魔に感じる。
「アン君!」 
 シャムは退屈紛れに叫んでみた。
「中尉、早いですね」
 意外なほど近くからのアンの声にシャムは驚くと同時に自然と笑っていた。
「アン君が遅いんでしょ?急がないとランちゃんに怒られるよ」 
「中佐が怒るのは慣れましたから。それより中尉の方が吉田少佐に冷やかされるんじゃないですか?」 
 行く手をさえぎる一本の大きなケーブルの向こうで振り向いているアンの姿がシャムの目にも見えた。シャムは苦笑いを浮かべながら黙ってそのケーブルに手をかけた。
「急いで急いで!」 
「了解」 
 かなり遅れて出発したはずのシャムが真後ろまで来ていることを改めて確認するとアンはせかせかとコードの洞窟を進んでいった。
「西園寺大尉の機体が見えました」 
「報告は良いから急いで急いで」 
 退屈紛れのアンの言葉にシャムもさすがに飽きてそうつぶやいていた。
「あ!」 
 アンの声が響いて黄色いコードを踏みちぎりそうになったシャムが前を向いた。そこには先ほどは無かったコードの滝のような情景が広がっている。
「アン君、迂回できる?」 
 シャムの言葉にしばらくアンは左右を見回している。そして静かに振り向き首を振った。
「さっきの作業の時に動いたのかな……どうしよう」 
「とりあえず戻りますか?」 
 そんな弱気なアンの提案にシャムはしばらく沈黙した。周りを見回す。通路を越えて伸びる黒いコードの列の間に隙間がある。良く見ればシャムやアンくらいなら入れる程度の広さがあった。
「正人はああ言ったけどやっぱりこっちから行くしかないよね」 
 シャムはそう言ってその隙間を指差す。泣きそうな顔を浮かべたアンを見るとなぜかサディスティックな気持ちになったシャムはそのまま体を隙間へとねじ込んだ。
 コードの森から身を乗り出すとハンガーの中の冷気が身にしみる。コードの周りの塗料が染み込んで黒くなった手をこすりながら下を見るとちょうどスロープのようにコードが階下の大型の機械に向けてなだらかに続いているのが分かった。
「アン君。行けるみたい」 
 シャムはそう言うとそのまま体をコードの間から引き抜いた。作業中の整備班員達はそれぞれの仕事に忙しいようで自分に気づいていないところがシャムには面白く感じられた。そしてそのまま一本の頑丈そうで手ごろなコードを握りながらラベリング降下の要領で静かに降り始める。
「大丈夫なんですか?」 
「大丈夫だって!」 
 心配そうにコードの間から頭を出しているアンに声をかけるとシャムは再びするすると地面に向けて降り始めた。
『早くしろ!シャム!』 
 相変わらず吉田が叫んでいるのが聞こえるがシャムは無視してそのままコードを伝って降りていく。頭上のアンも覚悟を決めたというようにシャムを真似て降り始める。シャムとは違いレンジャー部隊での勤務経験の無いアンはいかにもおっかなびっくりずるずると降りてくる。その様がシャムには非常に滑稽に見えて噴出しそうになるのを必死になって堪えた。
 ようやく足が大きな唸りを上げる機械の上についた。シャムは静かに着地すると周りを見渡した。
「ナンバルゲニア中尉……」 
 最初にシャムに気がついたのはその機械に取り付けられた端末に何かを入力していた西だった。
「これって何の機械なの?」 
「知らないで乗っかったんですか?」 
 シャムのあまりに素直な質問振りに呆れながら西は周りを見渡して口元に手を当ててシャムに静かにするように合図した。
 周りを見渡す。気の利きそうな古参兵の姿は無い。新入隊員達は自分の仕事で汲々としているようで誰もシャムとアンの姿には目も向けていなかった。
「そのまま静かに降りてください」 
 西の言葉にシャムはどうやら自分が降り立った機械が相当やばいものだと察してアンを連れて静かに地面に降り立った。
「あのさあ、西君。これ……何の機械?」 
「知らないで乗ったんですか?」 
 天井を仰ぐ西。そして静かに西がつぶやき始める。
「アサルト・モジュールの主力エンジンの燃料は知っていますよね?」 
「反物質……主にヘリウムから合成した……」 
「そこまで分かっていればいいですよ。反物質が一旦こう言う外界に出て大気中の物質に触れたらどうなります?」 
 うつむき加減でいかにも怖がらせようと言う意図が見え見えの西の言葉に苦笑いを浮かべながらシャムは頭を掻いた。
「わかんない」 
「中尉!大爆発です!対消滅爆発!」 
 つい飛び出したアンの激しい言葉。シャムはとりあえず対消滅爆発が相当なすごいことだと言うことだけは理解して暗い表情の西を見つめた。
「で?」 
「で?じゃないでしょ!そう言う物質をエンジンから各動力部に分配しているわけですがその残留物質を安定化させて保存するのがこの機械です!」 
「そう、安定化は大事だからな」 
 突然の声に西が振り向く。そこには満面の笑みの島田が立っていた。
「西、貴様はシャムさん達があのパイプを降りてくるのを黙ってみていたわけだな?」 
「班長!自分は……気づかなくて……」 
 西の顔が次第に青ざめる。島田の笑みがどちらかと言えば怒りから発した笑みだと分かってシャムは逃げ出したいと言うように周りを見渡した。
 遠くで吉田が様子を伺っている。助けを求めるべく視線を投げるが吉田はぷいっと背を向けてそのまま詰め所に上がるハンガーへと歩き始めてしまっていた。
「ナンバルゲニア中尉……中尉も中尉ですよ。僕はちゃんと通路を通るように言いましたよね?」 
「言ったっけ?」 
 とぼけるシャムだがじっとりと脂汗が額を流れる。そして自分の言葉が明らかに島田の怒りに火をつけたのが分かって後悔の念にさいなまれた。
「西!テメエ何年ここにいる!」 
 怒鳴りつける島田、両手を握り締め、いつでも西の胸倉を掴みかかれるような体勢で三人をにらみつけている。
「もうすぐ……三年に……」 
「だったらテメエが何を扱ってるかくらいわからねえのか!事故じゃ済まないんだよ!こいつが吹っ飛べばもう災害なんだよ!もう町一つ消し飛ぶんだよ!それを……見てませんでした?ふざけるな!自分の目が届かないなら監視に新兵捕まえとくとか方法があるだろ!ちっとは頭を使え!」 
 西を怒鳴りつけた後同じく殺気を込めた表情でシャムを見つめる島田。シャムとアンはただその迫力に押されてじりじりと引き下がった。
「中尉……別にここは俺達技術屋の神聖な場所だから土足で入るなとは言いませんよ……でもねえ」