遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2
シャムは巨体の持ち主のヨハンを思い出してなるほどと思うとそのまま目の前の中で何かが流れているらしいパイプを潜り抜ける。そしてようやくそこには巨大なメイドのイラストが描かれた誠の専用機のコックピットが現れた。
「島田君。疲れたよ」
「毎日8キロ走っている人がよく言いますね」
「こんなところ通るくらいなら8キロランニングのほうがましだよ」
シャムは無理をして曲げた腰を抑えながらコックピットの前の空間に腰を下ろした。後ろでもアンがあきれ果てたというように余裕でパイプをくぐってきた島田の顔を見つめていた。
「まあ俺達は慣れてますから。さあ、あと十五メートルくらいですよ」
「はいはーい」
島田に急かされて立ち上がるシャム。コックピットの隣に据え付けられたデータ解析用端末の隣はすでにコードのジャングルが始まっていた。シャムは再びその中をくぐる。緑、赤、黄色。色鮮やかなコードのトンネルをくぐるシャム。次第にコツがつかめてきて先ほどよりも早く要の愛機の三号機のコックピット前の広場にたどり着いた。
「はい!次は楓さんと御付の人の機体を越えて!」
「うん!」
シャムはそのままコードの森に突入した。後ろではうんざりしたという表情のアンが、楽しげに森を進むシャムに呆れながらその後ろに続いた。コツがつかめれば意外なほど早く進めることに気づいてシャムは少しばかり楽しくなってきていた。さまざまな色のコードの縞々。端子に付いたセンサーの光る様。時々何かを流しているパイプの中から響く不思議な音。シャムはそれらを楽しみながらどんどん進んでいった。
「あのー、シャムさん。そこには入らなくて良いですから」
吉田の声を背中に聞いて、自分が第四小隊の機体に向かう通路に向かっていることに気が付いたシャムは照れたような笑みを浮かべながら疲れ果てたアンを見て苦笑いを浮かべていた。
アンの機体は東和宇宙軍の制式色である灰色の一般的な機体の色だった。マーキングも特になく、実戦経験の無い彼らしいプレーンな機体に見えてシャムには好感が持てた。
「じゃあとりあえず入ってみて」
「ここに?」
アンが指差す。そこには開きかけのコックピットハッチから何本ものコードが延びていて比較的小柄なアンですらとても入れるような隙間は無かった。
「ああ、ちょっと待ってください……」
そう言うと島田は身を翻して通路の手すりから飛び降りると器用に太いケーブルに足を掛けて駆け下りるようにハンガーの一階へと下っていく。
「凄いね」
「慣れているからじゃないですか?」
珍しく生意気な口を利くアンに笑みを漏らしながらシャムはそのまま制御モニターの並んだブロックで談笑している部下に指示を出している島田を眺めていた。
「すみません!少し離れてください!」
島田が叫ぶ。思わずシャムは周りを見渡した。
「離れるって……どこに?」
そんな言葉が漏れたがオートでコックピットハッチが全開になったところで据え付けられていた通路がゆっくりと持ち上がると野生の勘でコードの森に飛び込んだ。
「アン君!こっち!」
シャムはそう叫ぶとうろたえて右往左往するアンの首筋をつかんで引っ張り込む。二本の太いパイプがゆっくりとコックピットから引き剥がされ、それに付属しているさまざまなコードがぶらりと垂れ下がってまさにジャングルの蔦植物のようにも見える光景が目の前に展開した。
そんな様を黙ってみていたシャムだが、すぐさま島田と同じようにケーブルに足を掛けてすばやく登ってきた技術部員達がそれぞれのコードのむき出しの端子にカバーのようなものを取り付ける作業を始めるのを見てさすがに感心させられた。
赤いコードには赤いカバー。青いコードには青いカバー。作業つなぎのベルトに取り付けられた袋からすばやく取り出しては作業を続ける。そして一人の古参の下士官がそのまま開いたコックピットの中に入ると左右の隙間から伸びていたコードが次々と吐き出され、同じようにそれぞれのコードの先にはカバーが取り付けられていく。
その作業が一段落すると今度はカバーをつけていた隊員達は機体の背後に回り何か作業を始める。だらんとぶら下がっていた二本の太いパイプは天井に。コックピットの左右から取り出されたコードは後ろへと引き込まれていった。
「うわー」
感心してコードを見上げるシャム。アンはそれを見ながら彼女の袖を引っ張った。
「シャムさん。これでなんとかなるでしょ?」
再び降りかけたコックピット前の通路に飛び上がった島田にアンはうなづきながら口をあんぐりとあけて天井を見上げているシャムの肩を叩いた。ようやく我に返ったシャムは恥ずかしそうに頭を掻きながらコックピットの隣に据え付けられている制御用端末に足を向ける。
「アン君、搭乗!」
シャムの言葉にはじかれるようにしてアンがコックピットに滑り込む。しばらく端末のモニターを眺めていたシャムだがしばらくして再び宇宙空間と思われる画面が目に飛び込んできた。
「ああ、これじゃないよ。M−24に変えて」
島田が端末の隣に置かれたヘッドギアをシャムに差し出す。シャムはそれを頭につけると口元のマイクに向けて叫んだ。端末の画面が次々と変わり、そして最後に熱帯雨林を思わせる情景が目に入ってくる。
「状況は川口条約締結下のベルルカンでの治安維持活動。武装勢力への第三国の武器供与で3機のアサルト・モジュールが運用されている状況。政府軍の支援は無し。あと気をつけてね、政府系武装勢力がいるからそれを攻撃したらゲームオーバーだから」
シャムの言葉に端末の画面の右端の小さなウィンドウの中のアンは苦笑いを浮かべながらうなづく。
「目的はあくまでアサルト・モジュールの鹵獲または破壊。敵武装勢力の掃討は任務じゃないからね」
『了解しました』
素直なアンの言葉と同時に画面が動き始める。地上を這うように進んでいることを周りの木々の動きが見るものに知らしめた。『川口条約』は東和が提唱し、同名加盟国と地球諸国が参加している軍事条約でベルルカン大陸全体でのあらゆる軍用飛行兵器の使用を禁止したものだった。当然その中で同盟の直属司法組織である保安隊が条約違反をするわけにはいかない。実際、外惑星の動乱と並んで不安定な遼州惑星南半球に広がるベルルカン大陸諸国の内戦への対応は保安隊の直近にかかわる可能性のある大事件であることは間違いなかった。
「トラップに気をつけてね。撃破されることは無くても任務に支障をきたす損害を受ける可能性は高いから」
シャムの言葉が終わった直後、画面が火炎で覆われることになった。
『うわ!』
「焦らないで!そんなのたいしたことじゃないよ!狙いは別!考えて!」
アンはシャムの言葉にうなづくと静かに視線を落とした。
「早速センサー系と法術ゲージの確認。誠よりも筋が良いんじゃないですか?」
ニヤニヤ笑う島田はそう言いながら端末から伸びるサブモニター付属のキーボードを叩き始めた。
『熱源……二!パターンは装甲ホバー……と……』
アンがそこまで言ったとき今度は衝撃波が機体を襲う。モニターの中で泥でにごった川の水が跳ね上がるのが見える。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2 作家名:橋本 直