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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 シャムがいたずら心でレベッカの胸に手を伸ばす。レベッカは驚いて胸を押さえるがその拍子に端末を取り落とし、また体を無理に曲げてそれを取ろうとする。
「言ってくれれば良いのに」 
「でもナンバルゲニア中尉のせいじゃないですか」 
 レベッカはいつものびくびくした調子で上目がちにシャムを見つめてくる。シャムはにんまりと笑った後、その様子をモニターで呆れ半分で眺めていた吉田と島田の顔を見て頭を掻いた。
『ふざけてないで。先週の24番のファイルを起動』 
 淡々とそう言うと吉田達のウィンドウが隠れて回りに宇宙空間の映像が浮かぶ。
「ああ、これね。誠ちゃんとの模擬戦。結構まともになってきたみたいで面白かったんだよな」 
 シャムの言葉の直後に下からと思われるレールガンの閃光が目の前を走る。
「きゃあ!」 
「レベッカ驚きすぎ」 
「すみません」 
 戦闘中の模様を映しているだけの画面を頭の後ろに手を組んで眺めるシャム。その後ろで端末を操作しながら時折走る閃光にびくびくと首を出したり引っ込めたりするレベッカ。
 あくまでも法術の発動実験という名目の模擬戦。実際の戦場ではありえないとされる一対一の管制官無しの戦いの帰趨だが、シャムもさすがに所詮はアマチュア程度に思っている誠に負けてやるつもりは無い。
 十二発。『05式』のレールガンのワンマガジンの発射数の分だけ閃光が走ったことを確認すると周りの星空は一気に光の帯へと姿を変えた。
「空間制御……」 
 一瞬周りを見回した後、すぐにレベッカはこれまでのびくびくした気弱な彼女から技術仕官としての職責を全うしようとする士官としての顔に変わって凄まじい速度で端末のキーボードを叩き始めた。
 次第に赤い色の染まる周りの星星の中、一機のアサルト・モジュールの輪郭がしっかりと見て取ることが出来た。
「神前君。ちゃんと進歩しているんですね……こちらの相対速度にきっちりあわせてくるなんて」 
 めがねを上げながらつぶやくアイシャにシャムはうれしそうにうなづいた。
「だってアタシやカウラ達が指導しているんだもの。当然よ」 
 その言葉と同時にモニターに映るアサルト・モジュールが一気にこちらへと加速して近づいてくる。
「でもまだまだ」 
 シャムの言葉と同時だった。青い光の帯を纏った神前のアサルト・モジュールの左手にある剣がゆっくりと振り下ろされる。
「遅い……わざと時間軸をずらしましたね」 
「そう、微妙な調整となると誠ちゃんもまだまだだから」 
 笑顔のシャム。次の瞬間、神前の機体の左手は切り落とされ、シャムの機体の蹴りでそのまま吹き飛ばされて小さくなっていく。周りの星星の赤みが取れ、普通の宇宙空間が広がる。そしてそのままバランスが取れていない神前の機体が急激に大きくなっていくのが分かる。
 レベッカはそれを見た後、手元の端末に何かを入力し始める。シャムは法術増幅システムの計器に目を落とした。限界値ぎりぎり。『05式乙型』は法術師専用の機体とはいえ、シャムクラスの法術師の力に耐えるほどの性能は有していないことは知らされていた。
 そして目の前にウィンドウが開いて眉をしかめている吉田の顔が浮かんだ。
『率直に言うが効率が悪すぎるぞ。もう少し効果的に力を使え。無尽蔵じゃないんだから』 
「そう言うけどさあ。神前君も進歩してきているし……それに相手がどれくらいの実力か分からなかったらどのくらいの力加減で戦えばいいか分からないじゃないの」
 思わず口を尖らせるシャム。吉田の隣では静かに様子を見守っている島田の姿が見えた。
「ナンバルゲニア中尉の言うことも尤もですが……このペースであと二機相手にしたら機体の安全は保障できませんよ」 
 そこまでレベッカが言ったところでキッとシャムは後ろを振り向く。
「あ……技術としてはがんばっているんですけど……この機体の限界というものがありまして……」 
「分かっているって」 
 そう言うとシャムはシミュレータモードのスイッチを落とした。周りの宇宙空間は消えて、白いコックピットの全周囲モニターの内壁が明るく現れる。シャムはそれを見ると伸びをしながら回りを見回した。
「例の法術発動パターンデータシステムが出来れば効率化……できるのかな」 
 シャムの言葉にレベッカは悲しそうな目をして首を横に振った。
「あくまでも発動パターンをデータ化してパイロットの意思の負担を減らすのがシステムの目的ですから」 
「パイロットの負担?アタシはあまり感じないけど」 
「そりゃあお前の法術のキャパシティーが尋常でなくでかいだけだろ?」 
 突然の声に見上げれば吉田がコックピットの開いた隙間から顔を出していた。
「とりあえず、ご苦労さん。シャム、アンのシミュレータの結果を見てやってくれ」 
「うん」 
 吉田に言われてそのままシートの縁に足をかけてコックピットから這い出すシャム。その様子を神妙な顔でアンが見つめているのが目に入った。
「そんなに硬くならなくてもいいよ。あれでしょ?先週の小隊内模擬戦の……」 
「そうです!お願いします!」 
 いつものアンとは違って明らかにシャムに緊張して顔をこわばらせている。その様子に苦笑いを浮かべながら島田か小柄なアンの肩を叩いた。
「遼南屈指のエースの指導を直接受けられる。緊張するのもわかるがいつもどおりやれよ。その方が覚えることが多いぞ」 
「はい!」 
 島田の助言にもかかわらず相変わらず緊張した表情のアン。シャムはコックピットに頭を突っ込んで中のレベッカとシャムの割って入れないような専門的な話を始めた吉田を置いてそのまま通路を進んだ。
 現在全機オーバーホールとデータ整備を行っている為、隣の吉田の『丙式』ばかりでなく、第二小隊の三機のアサルト・モジュールからも同じように太いケーブルと何本も走るコードが道をふさいでいた。
「中尉、切らないでくださいよ」 
 島田が後ろからこわごわ声をかけてくる。小柄なシャムでもようやく通れるかどうかという隙間をゆっくりと進む。
「これだと神前先輩とかは通れませんね」 
 アンの言葉にシャムは苦笑しながら進んだ。人の胴体ぐらいある太さのケーブルをくぐればその端子から伸びたコードが行く手を阻む。それを迂回すれば足場の手すりには多数の部品発注のメモが貼り付けられていて、それをよけて通ればまるでジャングルの中を進むように感じられた。
「誠ちゃんの機体は……」 
 シンプルなグレーのカウラの第二小隊隊長機のコックピット前のコードの群れを抜けたシャムがケーブルとケーブルの間を見つけて頭を上げるが、その隣にあるはずの誠のアニメキャラが全身に描かれた痛特機の姿はまだ見ることが出来なかった。
「シャムさん、足元!」 
 島田の声でシャムは下ろそうとした左足の下を見た。何本もコードが連なっている集合端子が見えて思わず隣のケーブルに足を掛ける。
「本当に注意してくださいよ。ケーブル一本で俺達の給料一か月分なんですから」 
「ごめんね……でもヨハンはここを通るの?」 
「あの人の場合はまず最初から入れませんから。俺達がデータ出力端子を引っ張って入り口の端末でデータ処理をするんですよ」 
「ああ、なるほど」