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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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「神前、昼過ぎに少しばかりシミュレータの結果について話があるんだが……」 
 カウラの言葉が要を意識したものではないことはシャムにも分かった。だが明らかにいらだっているような要は手にしていた割り箸を片手でへし折る。
「ああ、カウラさん。その件なら岡部中尉のデータと比較するとよく分かりますよ」 
「へ?……ああ、俺とナンバルゲニア中尉、それとクバルカ中佐のデータ。冷蔵庫で閲覧できるはずだよな……そうだ、3キロ走までの間第二小隊と俺とで冷蔵庫でちょっと打ち合わせするか?」 
 『第二小隊』と強めに発音したのは明らかにカウラの存在を意識している要に気を利かせての発言だとシャムですらよく分かった。シャムはそのまま視線を要に向ける。黙って深呼吸をしている要。その耳が隠れるあたりで切りそろえられた黒髪が静かに揺れていた。
「おう、吉田。コンピュータルームの方の予約はどーなんだ?」 
「あ、空いてますよ」 
「じゃー第二小隊と岡部は昼が終わったらコンピュータルームだ。それとスミスとマルケス」 
 ランの言葉に驚いて振り向くフェデロ。それをニヤニヤ笑いながらロナルドが眺めている。
「テメー等はアタシとシミュレーションルームだ。アタシも今週はシミュレーション実習をしてねーからな。失望させるなよ」 
「了解であります!」 
 フェデロが派手に敬礼する。それを見てアンが噴出しそうになるがフェデロのひげをいじりながらの一にらみに静かに視線を落とすしかなかった。
「吉田。シャムとアンの二人連れてハンガーに行け。いつも通りの『05式』でのシミュレーションだ。ちゃんと仕事しろよ」 
「へいへい」 
 子供のようなランに言いつけられていかにもやる気がなさそうに吉田はこたえると再び固形糧食を口に運んだ。
 誠が岡持ちにランの食べた酢豚定食の皿を並べている。どさくさまぎれてそんな彼に要が皿を差し出す。自然と受け取る誠。そんな彼をカウラが鋭い視線でにらみつけている。
「シャム、例の伝票。菰田の野郎に送り付けといたからな」 
 その様子を小脇に見ながら吉田がぼそりとつぶやく。
「ひどいよ俊平。だったらさっさとやってくれればいいのに」
「馬鹿。そんなことしたらお前さんはいつでも頼るだろ……じゃあ行くか」 
 そう言うと吉田は立ち上がる。アンもそれに釣られるようにして立ち上がった。
「もう行くの?」 
「なに、俺はセッティングをしておいてやろうとおもってさ。島田の奴もいろいろ忙しいだろ?」 
「そうだね」 
 珍しく気を使う吉田に合わせるようにシャムも椅子から飛び降りた。そのまま部屋を出ようとする吉田。
「じゃあ行ってくるね!」 
「おう!行って来い!」 
 ランに見送られてシャム達は部屋を出た。アンが心配そうな表情で後に続く。そんな一行の目の前には技術部の古参兵と管理部の背広組と警備部の新人二人を連れた菰田だった。
「あ、吉田少佐。ありがとうございました!」 
 脂ぎった顔を驚きで満たした表情で菰田が吉田に頭を下げる。その顔がにんまりとした笑みに変わりながらあがってくるのを無表情で見つめていた吉田が首をかしげる。
「え?何が?」
「あの、伝票……本当に助かりましたよ」 
「ああ、その件ね。あのさあ。俺達に面倒ごと押し付けるの止めてくれないかな?」 
 淡々と言葉をつむぐ吉田を見て笑顔が急に凍りつく菰田。周りの『ヒンヌー教徒』達も吉田の表情の変化に全身系を集中している。伝説の傭兵として知られた変わった経歴の持ち主の義体使い。相手にするにはあまりにも異質で理解を超えている存在を前にしての緊張。そして明らかに吉田は菰田達を良く思ってはいない。
「……以降気をつけます!」 
「ああ、分かってくれりゃあいいよ」 
 吉田の言葉が終わらないうちに菰田は管理部に飛び込んだ。取り巻きもそれぞれに自分の部署へ小走りに消えていく。
「痛快ですね!」 
 アンの言葉に同じような冷たい視線を浴びせた後、吉田はシャム達を引き連れてそのままハンガーが見える踊り場へと歩き出した。
「アン君。ほら、見てるじゃないの」 
 シャムが見たのはガラス張りの管理部の部屋でじっとシャム達をにらみつけている菰田の姿。吉田はと言えばまるで相手にする気は無いというようにそのままハンガーへ降りる階段を下っている。
「ああ、例の件ですね!」 
 降りてくる吉田達をいち早く見つけたのは待機状態のまま固定化されている保安隊の隊長嵯峨の愛機、『カネミツ』の入った巨大な冷却室のスイッチをいじっていた上等兵だった。彼はそのままシャム達に敬礼するとはしごから降りて走り出す。
 階段を降りきったところでシャム達がハンガーの入り口のあたりを見ればグローブをはめたままの古参兵達と先ほどの上等兵がなにやら話をしているところだった。
「あいつ等も偉くなったもんだな」 
「だってそれなりの仕事はしてくれているじゃん」 
「まあな」 
 吉田がしぶしぶ苦笑いを浮かべるのを見ながらなぜかシャムはうれしい気分になった。
『絶対に貴様だけは守ってやる』
 その昔、故郷遼南の内戦の激戦の中、吉田はシャムにそう言ったことがあった。それからは一時期シャムが農業高校に行っていた時期以外はほとんど一緒にすごしてきた二人。
『やっぱり俊平は頼りになるな』
 昔を思い出すとなぜかいつも顔が自然とニコニコしてくるのがシャムはうれしかった。
 そんなシャム達に向かって先ほどの上等兵が再び駆け寄ってきた。
「島田准尉から案内するようにとのことを言い付かりました」 
「いいよ、自分の機体だぜ。行き方位……」 
「それが……あの……」 
 そのまま上等兵を置いていこうとする吉田に上等兵は煮え切らない表情を浮かべた。
「なんだよ」 
「エンジン下して制御系の調整中でして……それはコードとかがぐにゃぐにゃ並んでまして……」 
 もじもじつぶやく上等兵に一瞬無視して歩き出そうとした吉田だがすぐにシャムとアンを振り返って立ち止まった。
「あれか……ヨハンのデータバックアップ作業の機材がそのまま接続されてるんだろ?じゃあ頼むわ」
「ありがとうございます!」 
 上等兵は歓喜の表情で歩き出す。シャムは彼を見ながら彼の様子を入り口のあたりでじっと見守っていた古参兵に囲まれた島田の様子を見て安堵の表情で吉田達に続いた。
「しかし……隊長も気前がいいな波動パルスエンジンの総とっかえ。年間予算分を立て替えたんだから……」 
 吉田はそう言いながら第一小隊の三機を固定している足場に上るためのエレベータに飛び込んでそうつぶやいた。
「一応アタシ達がすべての引き金を引いたんだから。処理はしないといけないってことなんでしょ」 
 面倒そうな吉田をシャムは苦笑いを浮かべながら見上げる。ゆっくりと鉄製の網で覆われたエレベータが上がり始める。ハンガーには整備班員達が食後の軽い運動としてキャッチボールをしていたようで島田達のグローブを新入隊員達が回収している様が見て取れた。
「出口から……ちょっと気をつけてくださいね」