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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 アイシャのそのふざけたような表情を見てシャムは西と付き合っているアメリカ海軍からの出向技官であるレベッカ・シンプソン中尉の動向を西に確認するまでもなくアイシャ自身が知っていることを確信した。
「仕事の途中で昼の注文の当番に出たので……」 
「で?」 
 今にも噴出しそうな表情のアイシャ。シャムはひやひやしながら寒風吹きすさぶ中で冷や汗をたらしている西を心配そうに見つめた。
「注文の電話をしたら残りは自分でやるからということで……」
「そこで西君は一緒に弁当とかの仕分けをしたいと言ったら島田先輩に怒られるからって言うのでそのままレベッカを一人正門のところに残して帰ってきたと」 
「知ってたんですか!」 
 急にむきになって叫ぶ西。古参兵達は相変わらずいい気味だというように西をおかずにして飯を食らっていた。
「知ってたも何も正門の目の前は運行部の部屋じゃないの。あれだけ甘ったるい空気を出していれば嫌でも目に付くわよ」 
 アイシャの言葉の意味。すなわち女性ばかりの運行部の面々が二人のやり取りをすべて見物していたという事実に気づいて西の顔が今度は赤く染まった。
「空き弁当の管理をあの子だけに任せたらかわいそうでしょ。行ってあげなさいよ」 
 そう言いながら歩き始めるアイシャ。西も気がついたと言うように弁当を手に取るとそのまま走って正門に向かう。
「アイシャ、本当に意地悪だね」 
「別に意地悪で言ってあげたわけじゃないわよ。……まあおせっかいということならまさにその通りなんだけど」 
 そう言うとそのままあちこちで新入隊員が弁当を食らっているハンガーを歩く。それぞれの出向元の軍の都合で期待を全身に受けて来た者、いらないと弾き飛ばされた者。それぞれの過去は知る由も無いがそれぞれに黙って弁当や麺類のどんぶりを抱えて食事を続けている。
「みんな外で食べれば良いのに」
「寒いじゃないの……まあ空が珍しくない面々にとっては少しでも暖かいこちらで食事をする方が良いんじゃないの」
「そんなものかな」 
「なんならシャムは外で食べる?」 
 アイシャの言葉に黙り込むシャム。それを満足げに見つめるとアイシャは手を振って正門へ向かう技術部長屋の廊下に向かって歩き出した。
 シャムが事務所に向かう階段に手をかけて上を見上げるとエメラルドグリーンの髪が揺れていた。
「カウラ……」 
「お前がいつまで経っても来ないから中佐が心配していたぞ」 
 そのまま呆然とカウラを見上げているシャムのところまで降りてきたカウラはそのままシャムのベルトに手を伸ばす。
「キム中尉の所に返すんじゃないのか?」
「そうだね」 
 シャムはそう言うと慌ててガンベルトをはずした。カウラはそのベルトとシャムの手の中のリロード弾を受け取る。
「じゃあ、これは私が返しておくからな。ちゃんと食事を取れ」
 そう言うといつものぶっきらぼうな表情を残して技術部の部屋が並ぶ廊下へとカウラは消えていった。
「あ!ご飯!」 
 シャムはようやく思い出したように一気に階段を駆け上がる。透明の管理部の事務所では女子職員の話を聞きながら高梨が快活に笑っている様が見える。笑顔でそれを横目にそのまま実働部隊事務所へとシャムは飛び込んだ。
「天津丼!」 
「ああ、残ってるぞ」 
 要のがシャムのテーブルの袖机に置かれた岡持ちを指差す。シャムはすばやくそこから天津丼を取り出して自分の机に置いた。
「慌ててこぼすんじゃねーぞ」 
 モニターに隠れて見えないランの言葉に苦笑いを浮かべながらシャムはラップをはがす。少しばかり冷えてしまったその表面にシャムはがっかりしたような顔をした。
「冷えるまで帰ってこないほうが悪いよな」 
 手にした固形携帯食を口に運びながら天井を見上げている吉田。そんな彼に舌を出すとそのままシャムは割り箸を手に取り天津丼に突き立てた。
「そう言えば吉田少佐、来月の節分の時に上映する自主映画の編集ですが……」 
 誠は暇そうに缶コーヒーを啜りながら天井を見上げたまま微動だにしない吉田に声をかける。声をかけられてもしばらく吉田は口に咥えた固形食を上下させながら聞いているのかどうかわからない様子でじっとしていた。
「あの……」 
「しばらく待てよ。その筋の知り合いにいろいろ助言してもらっているところだよ」 
 固形食を一気に飲み込んで前を向いた吉田の言葉に感心したように誠はうなづいた。シャムはそれを横目に見ながらいつもよりおとなしく天津丼を口に運んでいた。
 突然部屋の扉が開いて入ってきたのは第四小隊の面々だった。
「それにしても……出前ばかりじゃ飽きないか?」 
「マルケス中尉。ハンバーガーでも同じじゃないですか?」 
「なんだよ、アン。生意気な口を利きやがって」 
 口の端に着いたケチャップをぬぐいながら小柄で陽気なラテン系のフェデロ・マルケス中尉は突っ込みを入れたガムを噛んでいるアンに苦笑いを浮かべながら答える。
「今日はオメー等も8キロ走には参加だかんなー」 
『ゲ……』 
 ランの一言にフェデロとその後ろで髪を櫛でとかしていたジョージ岡部中尉が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「俺達もいつまでもお客さんというわけには行かないだろ?まあ当然だろ。アメリカ海軍が最強だということを知らしめてやろうじゃないか」 
 鷹揚に笑うロナルドが立ったまま哀願するような視線を黙って丼飯を掻き込むランに向けている二人の肩を叩いた。落ち込んだように自分達の机に向かう二人。
「そう言えば今日は第三小隊のお二人さんがいないからな」 
 フォローを入れたつもりの吉田の言葉だが、生体部品の塊で走るとただ体組織を壊すだけということでランニングに参加しない吉田に言われたところで二人の落ち込んだ気持ちはどうなるものでもなかった。
「でも岡部ちゃんは早いじゃん」 
「ナンバルゲニア中尉が本気を出したときほどではないですよ」 
 座りながらシャムに向けるジョージの目に光があった。
 空間制御系法術。シャムもジョージもどちらも得意な法術である。自分の周りの空間の時間軸を周りの時間軸より早く設定することで光速に近い速度を獲得できる能力。これは何度かの法術発動訓練でシャムがジョージに指導している課題の一つだった。
「言っとくけどそんでも8キロは8キロだからな」
 ランに当たり前のことを言われて今度はシャムまで落ち込んだ。
「良いじゃないですか。この仕事は体が資本ですから」
「神前。ならオメーは16キロ走るか?」 
「クバルカ中佐……」 
 薮蛇の言葉に思わず誠は苦笑いを浮かべながら振り向いた。
「おう、神前。アタシの皿、かたしといてくれ」 
 ランはそう言うと一人黙ってタンメンを啜っている要に目を向けた。それが合図だったかのように全員の視線が要に向く。
「ただ今戻りました」 
 そのタイミングで帰ってきたカウラ。その視線の先には黙って麺を啜る要の姿がある。
「西園寺さん……おいしいですか?」 
 重くなった空気に耐えられなくなった誠の声に静かに目だけ反応する要。しかし何も言わずに再びその目は汁ばかりになったどんぶりの澄んだ中身に注がれる。