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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 目の前に新品のターゲットが立ち上がる。そしてその動きが止まった瞬間、アイシャの銃が火を噴いた。正確に頭部に二発の弾丸が命中したのがわかる。続いて心臓、そして再び頭部に一発。アイシャはそこまで撃ったところで満足げに銃を降ろした。
「別に何を話そうと私は良いけど。シャムちゃんには変なこと吹き込まないでよね」 
「なんだよ、アタシがいつもろくでもないことをシャムに言っているみてえじゃねえか」
「あら?違うの?」 
「それはテメエだろ?いつも下らない漫画の話ばっかりしや……」 
 突然要の言葉が途切れたのでシャムは不思議そうに要の顔を覗き込んだ。何か思いついた途端に悲しくなった。そんなことを考えているような泳ぎがちな瞳がそこには浮かんでいた。
「仕事の話題だけじゃ飽きられるわよー」 
 そう言うとアイシャは再び銃口をターゲットへと向けた。
「うるせえ」
 搾り出すような要の声の後に銃声が連続して続く。的確に頭部に着弾する弾丸。そのまま全弾撃ち切ってスライドストップがかかりアイシャは銃を置いた。
「そう言えばシャムちゃん」 
「なに?」 
 突然話題を向けられてシャムは素っ頓狂に答えた。紺色の髪の下の調った目元からいたずらっ子のような目がじっとシャムを見つめている。
「要を呼びに来たんじゃないの?」 
「あ!」 
 アイシャの声に驚いてシャムは時計を見た。あと数分で12時。
「そうだ、要ちゃん。お昼だよ」 
「あのなあ、餓鬼か?アタシは」 
 そう言うと要はそのままテーブルの上に並んだマガジンを乱雑にアルミケースに放り込み始めた。アイシャは満足げに銃から空のマガジンを抜くと静かにガンケースにそれを収める。
「そう言えばカウラも出てきていたわよ……」 
 アイシャの何気ない一言が一瞬だけサイボーグに寂しげな笑みを浮かべさせたが、要はそのまま銃をガンケースにしまうと何事も無かったように立ち上がった。
「じゃあ行くから」 
 そう言ってそのまま要は黙って射場から立ち去ろうとする。そんな要に思わずアイシャは肩をすくめていた。
「素直じゃないのね」 
 シャムはそんなアイシャの言葉に冷やりとした。売り言葉に鉄拳制裁。要ならそのまま荷物を捨てて殴りかかる。そう思って間に飛び出そうとしたシャムだが、要はまるで無視してそのまま射場の脇の荷物置き場にあるゴミ箱を軽く殴っただけでそのままシャム達の視界から消えていた。
「本当に大人気ないんだから」 
 アイシャはそう言うとガンケースをレンジのテーブルに置いたまま要が殴った分厚い鉄板で出来たゴミ箱のところまで走り寄るとその表面を撫でた。シャムのところから見ても明らかにへこんでいるのが見て取れた。
「でも進歩したんじゃないかな……」 
「まあうちでは問題児扱いされない程度にはなったわね。他の部隊じゃどうか知らないけど」 
 そう言うとアイシャはゴミ箱の隣で大きく伸びをした。
「それじゃあ私達も……」 
「そうね、シャムちゃん!ガンケースとって!」 
 アイシャに言われたシャムはすばやくアイシャのガンケースを手に取るとそのまま射場の入り口に立った。
「それにしても寒くないの?」 
 外套を着込んだアイシャに比べてシャムは勤務服のまんま。さすがにアイシャに言われて再び冷たい北風が体に堪えてくる。
「急ぎましょ!」 
 アイシャはそう言うと小走りに土塁の間を抜けて走っていく。シャムもまたガンベルトの銃と手にした弾を確認するとその後ろを走った。
「お疲れ様です!」 
 ハンガーの前のグラウンドにはすでに警備部の古参兵の面々の姿は無いが、シートを広げて弁当の準備をしている新兵達の姿があった。
「え?こんなところで食べるの?」 
 シャムの問いに逆に珍しそうな顔で見つめ返してくる。つなぎの襟には兵長の階級章をつけておりどちらかといえば小柄で見た感じ第四惑星『胡州帝国』の出身者のように見えた。
「はあ、自分はこういう青い空が珍しいもので……」 
 そう言う青年の後ろで同じく兵長の階級章の長身の男が隣の工場の生協の弁当を抱えて歩いている。
「やっぱりみんな胡州出身?」 
「いえ、俺と皆川は胡州ですが……パクは大麗だし……カールはゲルパルト……」 
「俺は外惑星同盟です!」 
 長身の男の後ろについてきた赤毛の彫りの深い上等兵がそう答えた。
「やっぱりコロニー出身者には珍しいんだね」 
「そうよ。私も初めて青い空を見たときは本当に驚いたもの」 
 立ち止まってシャムと兵士の会話を聞いていたアイシャがそう言って空を見上げる。雲ひとつ無い空。北風は吹くものの日向はぽかぽかと暖かく感じられた。
「いろんなところがあるんだね」 
 シャムから解放された上等兵が自分の弁当に手を伸ばすのを見ながらシャムはハンガーの巨大な扉の中に入った。
「ナンバルゲニア中尉!……とクラウゼ少佐?」 
「島田君……なんで私のところだけテンション下がるの?」 
 M10の前で車座になって弁当を食べている整備員の中で一人工具入れを椅子代わりにして座っていた島田の顔が若干困ったような様子になった。
「クラウゼ少佐、こいつを苛めないでくださいよ。一応整備班長としての威厳という奴があるんですから」 
 巨大なアサルト・モジュールがしゃべっているようなバリトンがハンガーに響いた。思わずアイシャとシャムは静かにたたずんでいるM10に目を向ける。そこには巨大な丸い塊が動いているのが見えた。
「エンゲルバーグ中尉……」 
「ヨハン・シュぺルターです!」 
 大きな塊の上の肉の塊に張り付いた眼鏡がぴくぴく動きながら反論する。保安隊技術部法術関連技術主任、ヨハン・シュぺルター中尉。その七・三分けの金髪をハンガーの中を流れていく風になびかせながらゆっくりとシャム達に近づいてくる。
「そう言えばエンゲルバー……」 
「シュぺルターです!飯は食いました!」 
 アイシャの冗談に機先を制するとそのまま大きすぎる体を左右に振りながらよたよたと技術部の詰め所に向かい歩き出す。
「何やってたの?あの人?」 
「ああ、岡部中尉の二番機につけた法術ブースターの記録データを取りに来たとか言ってましたよ」 
「ふーん」 
 島田の答えになんだか納得しきれていないような調子でアイシャがうなづく。それにあわせるようにシャムも意味もなくうなづいた。
「それにしても……まだ昼になって20分経ってないじゃないの」 
「ああ、あの人の早食いは昔からですから」
「そうだよね、シャムもびっくりの早食い!」 
 シャムの滑稽な態度に島田の部下の古参兵達は満面の笑みで笑い始めた。
「西君!」 
「はい!」 
 下座で弁当のヘリについた米粒をつついていた西にアイシャが声をかける。その調子がいつものいたずらを仕掛ける時特有の色を帯びていたので周りの古参兵や島田達はニヤニヤ笑いながら少し青ざめた調子の西の顔を見つめていた。
「レベッカはどうしたのよ」
 島田達は予想通りのアイシャの言葉にニヤニヤ笑いながら西を見つめる。西は西でただどう答えるかうろたえながら目を白黒させてアイシャを見つめていた。
「その……キム少尉が……」 
「キムがどうしたのよ」