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桜雲の山里駅

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 しばらく二人は草原を戻り行くディーゼルカーに揺られる。そして瑛一は、思い出したかのように瑠菜の手を堅く握り締める。
「桜雲の山里駅か……、瑠菜、俺たちの今を言ってみようか」
「何を?」
 瑠菜がすかさず聞き返す。瑛一は一瞬沈黙し、間を取って、瑠菜の耳元でそっと囁く。
「さらば終着駅、そして二人の、これからの未知なる旅に──乾杯!」
 しばらくこの言葉を噛み締めていた瑠菜、柔らかく微笑み返し、そっと瑛一の肩に寄り添う。

 たった一輌だけのディーゼルカー。今、終着駅から折り返し、草原をゆっくりと進む。
 二人の新たな始発駅ともなった桜雲の山里駅。毎年そこへ遅い春が巡ってくる。その長い冬の結末に、山の桜は怒濤のごとく咲き乱れ、舞桜の美しさでその山里は埋もれてしまう。
 そんな桜花爛漫。それを、草原を走り遠のいて行くディーゼルカーからでも望見することができる。
 その眺めは、まるで過去の愛と苦悩を、優しく覆い包む桜雲のようでもあると言われている。

 さらば終着駅、そして二人の、これからの未知なる旅に──乾杯!
 瑛一は瑠菜に、もう一度祝福を慎ましく伝えた。瑠菜はそれに応え、しっかりと。しかし、少し涙声で、囁き返す。
「私の二十年間の……途中下車に……乾杯!」

 たった一輌だけのディーゼルカーは、まるで何事もなかったかのように、
 カタン、コトン、……、カタン、コトン、……と、いつまでも心地よく響かせ続けるのだった。

                      おわり


作品名:桜雲の山里駅 作家名:鮎風 遊