桜雲の山里駅
カタン、コトン、……、カタン、コトン
今は桜待つ季節。その風光る中を、心地よい響きが伝わってくる。しかし、冬の名残だろう、草原の所々には残雪が見え隠れする。
微睡(まどろ)みを誘う振動が、ディーゼルカーの床から座席へと……、カタン、コトン、カタン、コトン。
たった1輌だけで、草原をゆっくりと走り行く。まるで流れ去ってしまった時間を巻き戻すかのように。
そんなディーゼルカーが向かっている先、それはこのローカル線の終着駅・桜雲(おううん)の山里駅。
草原を突っ切り、山を駆け上がった中腹に小さな山里がある。毎年そこへ、遅い春が巡りくる。
長い冬の結末に、山の桜は怒濤のごとく咲き乱れ、舞桜の美しさでその山里は埋もれてしまう。そんな桜花爛漫を、草原を走り行くディーゼルカーからも望見することができる。それはまるで山に掛かった桜雲のようだと言われている。
「ああ、なるほどなあ、あの辺りに、薄紅色の雲が掛かるのだろう」
瑛一は車窓から流れ行く遠景を眺めているが、ぼんやりと視界に入っているだけ。焦点を合わせ、その風景を仔細に認識しようとしているわけではない。
今、瑛一がこのディーゼルカーに揺られている理由(わけ)、それは学生時代の友人・幸多(こうた)の墓参りに行くためだ。
幸多の妻・瑠菜(るな)から珍しく年賀状が届いた。そして知らされた。幸多は三年前の桜零れる時節に、突然逝ったと。
なぜにもっと早く連絡をくれなかったのだろうか? 瑛一は不満だった。だが、瑠菜の気持ちもわからない訳でもない。
それは多分、心をどこまでも静めたかったのだろう。瑠菜にはそれだけの歳月が必要だったのだと想像できる。
随分と月日は過ぎ去っていたが、とりあえず線香だけでもと思い立ち、出掛けてきた。