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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 在りもしない罪によって捕らえられたバナジェスタの前に、ハリアリが訪れたのはそれから丁度五日目。結婚式の際には、親友を代表して挨拶までするはずだったバナジェスタであり、その彼が投獄された事はハリアリの立場にも泥を塗る結果となった。
 しかし彼はバナジェスタに同情を寄せる瞳で見つめ、無い筈の罪を晴らしてやると胸を張って約束した。
 十日後バナジェスタは釈放された。が、それは罪が晴れた訳ではなかった。
 ただ罪を償わせるには証拠が不十分だったと言うのと、ハリアリの義理の父親、ロアラの父からの口添えだった。
 勿論バナジェスタの地位は剥奪され、国外追放と言う軽い刑で済んだと言う事だ。
 それでも無実の罪で処刑されるよりは遙かにましだと思えた。
 ハリアリとロアラが必死に自分の弁護をしてくれたから、自分は生きているのだと感謝すらした。
 ずっとそうだと思っていた。
 バナジェスタが真実を知ったのは、昨年だ。
 産まれたばかりのソウナを連れて突然訪れたロアラの姿は、バナジェスタの記憶する彼女ではなかった。
 疲れ切り痩せ細った体で、泣きながら「ソウナを護って下さい」と彼女は頭を下げた。
 事情を聞いた時、バナジェスタは世界が真っ暗になったと言う。
 信じていた親友が自分を填めた事。それだけではなくロアラの母を盗賊の仕業に見せ掛けて殺し、父親は毒を盛られて瀕死だという。無論ロアラ自身も命を狙われている。
 最初からハリアリには愛情など無く、総ての地位と財産を奪うつもりでいたのだ。
 それを知ったロアラは、総ての権利を生まれたばかりのソウナに譲渡する証書を作り、ハリアリから逃げてきたと言った。ロアラの父が亡くなっても、財産はロアラに受け継がれる。その彼女がソウナに遺すと記したのでは、ハリアリはソウナを手に入れない限り、総てを失う事になったのだ。
 ハリアリの計画では、ロアラの父親が生き存えたのが誤算だったのだろう。
 どうして国で助けを得られなかったのかを聞くと、既にロアラの周りはハリアリの手の内に固められ、父親の面会にさえも行く事が出来なかった。不審に思い調べた矢先に夫が再び父親に毒を盛る話を耳にしたらしい。
 ソウナの出産の為に館を移動する時しか逃げる隙がなかったと言い、今でも追われていると語った。
 そしてバナジェスタにソウナを預け、彼女は追っ手をソウナから引き離す為に、去っていった。
 それから四月後、あのハリアリの手配書がバナジェスタの前に掲げられた。
 恐らくハリアリは、ロアラを捕らえたもののソウナを見付ける事が出来ず、怒りのままロアラを殺したのだろう。
 そして無謀にも王と言う権力に矛先を変えた。
 王の暗殺に失敗したハリアリが、何処に逃げたかは判らなかった。しかし、何かが狂ったハリアリが、ソウナを殺しに来るかも知れない。
 だからバナジェスタは、迎え撃つ道と退路を同時に考えた。あの獣道はそう言う理由で造った。


「まあ、結局役に立たなかったけどな」
 バナジェスタはソルティーと須臾と一緒に、酒を傾けながら事情を話し終え、最後に笑いながらそう付け足した。
「まあ、良いんじゃない? 終わりが良ければさあ」
 ハリアリの事は既に二日前の話となっていたが、ガルクの傷の様子を看る為にもう暫く此処に滞在する事になった。須庚が看なければ、また医術師を呼ばなくてはならず、貧乏が染みついたバナジェスタの泣き落としにあったのも、理由の一つだが。
 ハーパーは何時まで経っても現れない三人に、今朝街に戻ってきた所だ。
「それにしてもさあ、借金も返せずに居たくせに、どうしてこんなぼろ家に10000ソリドもの大金が眠ってるんだか」
 ハリアリが破壊した小部屋の中で須臾が見付けたのは、昔バナジェスタがタキオンとして稼いだ首金だった。
「あれは蒼月のタキオンが稼いだ金だからな。腰抜けバナジェスタが大金を使ったら、怪しまれるだろ? それにやっぱり、稼がずに遊んだら子供の教育上悪いと思う」
「……あれだけ生活費を気にする子供って言うのも、可哀想じゃない?」
 須臾は顔を子供達と恒河沙が寝ている部屋に向けながらも、冷たい横目でバナジェスタを見つめた。
「あ…あは…あははははは……」
 バナジェスタは細い目をほぼ線にして、乾いた笑いを浮かべながら頭を掻いた。
 反省しているのか懲りていないのか、バナジェスタは相変わらず毎日ガルクに怒られている。
 これだけ一人で苦労しているのだから、生活感がない訳ではない筈だが、彼は今の状態が一番楽しいらしい。ガルクの苦労をどうにかしたいと言いながら、相変わらずの性格でのらりくらりを繰り返していた。
「それはそうと、仕事はどうするんだ? このまま続けるのか?」
 ソルティーの言葉にバナジェスタは少しだけ渋い顔を浮かべた。
「う〜ん〜、ガルクの事を考えたら、辞めた方が良いのは判っているんだけどなぁ。よくよく考えたら、俺、戦う事以外知らないんだ。今更まともな仕事を探しても、失敗するだろうとか考えたら、今の仕事で稼いだ方がガルクもソウナも食っていけるかなと」
「だったら腰抜けは辞めるんだな」
「そのつもりではあるが、腰抜けの方が楽なんだよなぁ〜〜。ほら、何て言っても土下座一つで大抵の事が丸く収まるから」
「それは収まってるって言えるかどうか……」
 バナジェスタの誇りはガルクとソウナが元気に育つ事だ。
 周りに向ける無駄な贅肉を切り離していったら、たったそれだけでも幸せなのがよく判った。
 蒼月のタキオンの名で得られるの戦いの讃辞よりも、腰抜けバナジェスタで暢気に暮らせる今が良い。子供二人の存在以上の何かが在るなら見てみたいと言えるのは、それだけ自信があるからだ。
「まあ頑張って、ガルクとソウナが腰抜けの子供だと、言われない様に位は稼ぐつもりだけどな」
「頑張って」
「頑張れ」
 ソルティーと須臾はバナジェスタに向けて、グラスを差し出し心からそう言った。
 バナジェスタは暫く照れて頭を掻いたが、自分もグラスを二人に向け、
「父ちゃん頑張ります」
 そう言って誇らしげに微笑んだ。





 結局ケノンの滞在は十日余りにもなった。
 ガルクの治療には万全を期したいと須臾が提案したからだが、それだけガルクの怪我は重傷だったのだ。恐らくあの場に須臾が居なければ、手遅れだったに違いない。
 それでも順調に回復し、五日目には立ち上がれるまでにはなった。
「これも一重に僕が素晴らしいからだね」
 連日必ず語られる自画自賛の須臾の言葉を、四日目には全員が聞き流していた。
 ガルクが元気になって喜んだのは、バナジェスタ以上に恒河沙だった。
 当たり前だが、ガルクの手料理がまた食べられるからだ。ガルクが立てなかった時の食事は、最悪だったと記憶している。須臾とバナジェスタが交互に作るのだが、ガルクの料理に比べると雲泥の差だ。
 勿論ソルティーとハーパーが料理出来る筈はなく、恒河沙は食べるのが専門だ。
 最後の食事の時は味を忘れない様にと、恒河沙は本当にお腹がいっぱいと言う所まで食べた。


 当初の予定とはあまりにも違ってしまったが、ソルティー達はケノンから北へ続く街道を使って旅を再開出来る事になった。