小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

INDEX|94ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

 全身茶色い剛毛に覆われたその姿は、巨大な熊。至る所に血を付着させ、鋭く太い爪から腕の途中までは特に酷く、直ぐには落ちない血で塗り込められている。その右腕には泣き叫ぶソウナが抱かれていた。
 ソウナが着ていた淡いピンク色の服は、ハリアリの手に抱かれている為に血で汚されていた。
 噎せ返る程の血の臭いに、バナジェスタの鼻に皺が刻まれる。
「ソウナを今直ぐ返せっ!」
 上体を前へ屈ませていても自分より遙かに大きいハリアリに、バナジェスタは怯む事無く叫んだ。
「返せだと…? ソウナは俺の娘だ……ずっと…捜してた…。これで俺は……手に入れる…」
 ハリアリはくぐもった声を途切れ途切れに出し、獰猛な笑みを見せる。
「…お前…さえ……邪魔…しなければ……、俺は地位を…手に入れ……れた。それを…お前がソウナを…盗んだ……」
 時折もつれる様に言葉を放つハリアリの口からは、濁った唾液が滴り落ちる。
 獣化の所為ではない事を証明する様に、彼の瞳に正気は感じられなかった。それでも血走った眼光は鋭く、狂気に苛まれた眼差しをしっかりとバナジェスタに向けていた。
 バナジェスタは彼の台詞に更に怒りを露わにして、ハリアリに向けて力強く指を突き出した。
「事実をねじ曲げるなっ! お前が王殺しを企てさえしなければ、ロアラは逃げなかったっ!! お前さえおとなしくしていれば良かったんだっ!!」
「そうだ…お前さえ…あの時……殺していれば、あの女も…妙な気を…起こす事は……無かった。こんな…のに…総ての……財産を…残す……事は……無かった…。全部…お前が……仕組んだ…」
「違うっ! お前がソウナをエルクモに連れ帰っても、お前は捕らえられるだけだっ!! 王の暗殺を企てたお前には、もう何も手に入れる事は出来ないっ!!」
「情けを……与えて…やった…それを……俺を…破滅させ…た…。俺の……邪魔をする奴は……殺す……誰も…殺す……」
 食い違う話を幾らバナジェスタが正そうとも、ハリアリには元々聞く気など無い。
 欲望と殺意に凝り固まった彼の瞳は、腕の中のソウナを物としか見ず、バナジェスタは獲物にしか見えてはいない。
 最早説き伏せる状況ではない相手に、バナジェスタは緊張に身を包みながらも前へと踏み出した。
「ソウナを返せっ!!」
 片手を突き出し、ハリアリの小さな動作一つにも神経を磨り減らす。
「これは俺の……俺は……お前を…殺す……オオーーアアーーーーーーッッ!」
 ハリアリの巨体が雄叫びを上げながら大きく動く。
 血走った狂気の瞳は、バナジェスタだけに向けられ、鋭い牙を見せ付ける様に大きく口が開く。
「ソウナを放せっ!!」
 ハリアリに抱えられたソウナは、彼がバナジェスタに突進する振動に激しく泣き、その声が街道に響きわたる。
 バナジェスタは一直線に突っ込んでくるハリアリと組み合う事を避け、動きの劣る彼を攪乱する為に左右に走った。
 速度は上回るものの、力だけでは到底ハリアリには負ける。しかも彼に抱かれたままのソウナがいる限り、下手に攻撃も出来ない。倒すなら一撃で仕留め無ければならないだろう。
 バナジェスタはなるべくハリアリから距離は置かずに動き、まず相手から体力を削る事だけに集中した。
「タキオンーーーーーッ!!」
 ハリアリが叫びながら左腕を振り下ろす。バナジェスタが寸前で避けると、そこに在った岩壁がうち砕かれた。その光景に自然とバナジェスタの表情が焦りを滲ませる。
 岩壁の破片がソウナに降りかかっていたからだ。
 ハリアリにソウナを気遣う気持ちがあるはずもなく、下手をすれば握り殺される恐れもあった。

 際どい攻防を繰り広げる二人を、ソルティーはどうハリアリからソウナを取り戻せるかを、岩壁の窪みに身を隠しながらじっと二人の動きに集中して考えていた。
 緊張している二人の間に割って入れば、逆にバナジェスタの動きを阻害してしまう。それにやはり最大の問題はソウナだ。
「ソルティー」
 せめてバナジェスタの動きだけでも読もうとしている時に、恒河沙の潜めた声が頭上から掛けられる。
 恒河沙なりに攻撃の場所を探して崖に上ったようだ。
「どうするの?」
「それを今……」
 考えていると言いかけたソルティーだったが、ふと何かを思いついたように恒河沙の顔を凝視した。
「小刀は持ってきてるか?」
「うん、あるよ」
 恒河沙は頷くと一端顔を引っ込め、次に顔を出した時には小刀の束を手に握っていた。
「目が狙えるか?」
「……大丈夫。やる」
 ハリアリに一度顔を向けて距離を確かめた恒河沙は、真剣な表情で深く頷いて見せた。
「頼む」
「うん」
 崖の上から恒河沙の姿が消え、ソルティーはハリアリがバナジェスタだけに集中しているのを、慎重に確かめてから二人に近付いた。
 崖の上ではやはり恒河沙が両手に三本ずつ小刀を掴んで、バナジェスタとハリアリの様子を見ながら、最も近い場所へと身を屈めながら移動していく。
 しかし二人は獣族特有の敏捷性で、絶えず動き続ける。
 流石にこの速度と距離で狙いを定めるのは、恒河沙とは言え至難の業だ。
――頑張れ俺!
 自分に活を入れ、崖下に見えるソルティーが立ち止まったのを確認する。
 ハリアリの攻撃を避けたバナジェスタが大きく飛び、ハリアリの背後に四肢を着けて降り立つ。
 恒河沙は息を大きく吸い込み、止めた。
 ハリアリがバナジェスタを追うべく向きを変え、恒河沙の視界にソウナの姿が見えた。
 立ち上がるバナジェスタをハリアリが大きく腕を振り上げ襲おうとした瞬間、恒河沙の両手から小刀が放たれた。
 恒河沙の小刀は三本はハリアリの首に刺さるが、彼の分厚い筋肉に遮られ効果は薄かった。しかし二本はハリアリの顔に刺さり、内一本は狙い通り瞼を縫いつける様に眼球に突き刺さった。
「グゥアアアアッ!!」
 突然の出来事に取り乱したハリアリは、ソウナを振り払う様に放り投げた。
「ソウナッ!!」
 咄嗟に駆け出したバナジェスタの体はソウナの落ちる場所には遠く、しかもその前には怒り狂ったハリアリが立ちはだかる。
 宙に舞ったソウナは泣き叫びながら地面へと落ち、そこへ滑り込みながらソルティーが両腕を出した。
「ソルティー!?」
 崖の上から身を乗り出す様に恒河沙が、崖に背中を打ち付けながらもソウナをしっかり受け止めたソルティーを確認した。バナジェスタもその姿をはっきりと視界に収め、今度こそ何の躊躇いもなくハリアリに真っ直ぐに向き合った。
「ターキオンーー殺すーーーーーっ!!」
 ハリアリは突き刺さった小刀ごと眼球を抉りだし、それをバナジェスタに投げる。バナジェスタは血を飛ばしながら飛来した小刀を、手の甲で弾き飛ばした。
 真っ直ぐに互いを見据え、全身の毛を逆立てる。
「ロアラをみすみすお前に殺させてしまった事を、俺は生涯苦しみ背負う。しかし、それはハリアリッ、貴様の首を狩ってからだっ!!」
「黙れっ!! 殺すのは…俺だっ!!」
 ハリアリが両腕を大きく広げバナジェスタに襲いかかる。
 その腕をバナジェスタは避ける動作ではなく、両膝を曲げ片腕を地面に触れさせた体勢で待ち受けた。
「ゴロズゥーーーッ!」