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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「聞こえたのか?」
 バナジェスタは小さく頷いたが、直ぐに首を振った。
「聞こえたんじゃない、そう思っただけだ。……気のせいだ」
 進んだ距離を考えれば、どれだけガルクが大声を出してもここまでは聞こえない。きっと心配しすぎるあまりに幻聴が聞こえたとするバナジェスタだったが、また前を向こうとする彼の腕を恒河沙が掴んで止めた。
「あんた馬鹿か。何もないのに誰が呼ぶかよ。勘違いでも確かめるのがほんとだろ」
「みんな戻るぞ」
「了解」
 バナジェスタを横目に三人は頷き、彼を押す様に道を戻り始めた。
 速断とも思えるソルティー達の行動に、バナジェスタは驚くしかなかった。
「しかし間違いだったら。それに彼奴等だったら、二人には手は出さないと…」
 なおも躊躇う彼を、恒河沙は飛び上がってぶん殴った。
「思うとか、間違いだったらとかどうでもいいだろ! 間違ってたら笑えばいいだけじゃないか。それに本当だったら、どうするんだよ!」
 本能と直感のみで生きてきたような恒河沙は、他人の直感にも自信満々だ。
「悪い予感ほど当たるものだろ」
 身に染みた言葉をソルティーは吐き出す。
「だが今戻って彼奴等に見つかったら、それこそ」
「危険は最小限にして進まないと、怪我は小さくならないんじゃない? 今危険かも知れないのは、僕達じゃなくガルク達だよ」
 最後に須庚がバナジェスタの意見を闇に葬った。
「行くぞ」
「……わ、判った」
「じゃあ急いで、戻ろ!」
 恒河沙の掛け声にあわせて勢いよく走り出したバナジェスタに続き、ソルティー達も後を追った。



 バナジェスタの姿を見失わない様にソルティー達も全速で走り続けたが、突然彼の様子が著しく変わった。
 走りながら彼は獣化し始めた。
 着ていたシャツが勢いよく内から盛り上がった体に破られ、銀色の体毛が彼を覆う。
「ガルクッ! ソウナッ!!」
 咆哮の様な言葉には一切の余裕はなく、焦りと緊張感だけが存在していた。
 目の前で行われた獣化に三人は驚き、そして直ぐにその理由を知った。始めに気が付いたのは須臾だった。
「血の臭いがする!」
 微かに風に流されて漂う臭いに須臾は顔を顰める。
 それが誰の物か、何人位かまで判らなくとも、危機感を高めるには充分すぎる臭いだ。
 暫くして徐々に際立つ血の臭いに苛立ちを感じた時、バナジェスタ家の屋根が雑木の隙間から見えた。
 先刻這々の体で昇った低い崖をバナジェスタは一気に飛び降り、ソルティー達もそれに続いて、家の惨状を目にした。
「!?」
 家の前には、ソルティー達を付け狙っていた男達の引きちぎられた無惨な屍が転がり、夥しい血が地面に吸い込まれようとしている最中だった。
 そしてその血を踏んだ大きな足跡が、バナジェスタの家の中に向かって残っている。
「ガルクしっかりしろっ!!」
 家の中からバナジェスタの叫びが聞こえ、慌ててソルティー達も破壊され、原型を留めない入り口を潜った。
「おいっ、返事をしてくれ! ガルクッ!」
 バナジェスタの姿はガルク達を隠していた小部屋の前に在り、両腕にはぐったりとしたガルクを抱いていた。
 床や壁にはガルクが流した血の滴りが在った。
「……や…じ…」
「ガルクッ!?」
 か細い声と共にガルクは薄目を開ける。しかし頭から滴る血は止まらず、バナジェスタの腕を伝って落ちる。
「須臾」
「判ってる」
 須臾はソルティーに頷くとバナジェスタの前に行き、しゃがみ込んでガルクの状態に目を移す。
「大丈夫……頭皮を切っただけ。ガルクは大丈夫だから、あんたは落ち着け」
 ガルクをバナジェスタから奪う様に抱き、出血する箇所に手を当てる。
「…親父……ソウナが…」
「ソウナがどうしたんだっ? 誰にやられたんだっ!」
 その言葉にガルクは震える手を上げ、壁に貼られた一枚の紙を指差した。
「……あい…つ…が……ソウナを…」
 全員の視線の先には、一枚の手配書。
 『ハリアリ・ホーシェン。首金300ソリド。手配容疑・エルクモ王暗殺未遂並びに妻殺し。生死不問』
 ギリギリと不気味な歯ぎしりの音が聞こえ、見る間にバナジェスタの双眸には殺意が満ちていく。
「ハリアリィイイイイイイッ!!」
 握り締めた拳を床に叩き付け、バナジェスタは咆哮をあげながら立ち上がった。
 そして怒りを纏い、爆発する様に家から走り出た。
「須臾、ガルクを頼む!」
「任せて!」
 ソルティーは咄嗟にバナジェスタの後追い駆け、恒河沙も大剣を肩から降ろしながらソルティーの背中を追う。
 残された須臾は、バナジェスタが居なくなった途端気を失ったガルクに、隠していた慎重な表情を浮かべ直した。
 大きな力で壁に頭から叩き付けられ、ガルクの状態は死の一歩手前だった。
 既に傷口を押さえている手には治癒の力が宿されていたが、それでも出血は止まらずに、それ以上に打ち所が問題だ。
 非常に危険な状況の中でも彼が命を留めていたのは、父親に伝えようとした思いだけだったからかも知れない。ならば尚のこと、猶予は無い。
「子供になんて事するんだよ!」
 憤りからの声を響かせながら、須庚はガルクを静かに床に寝かせてから立ち上がり、ベルトの隠しポケットから赤い宝石を取り出す。
 二本の指で挟んだそれをガルクの上に翳し、乱れた息を正すように深く息を吸い込む。、
「糸紡ぐ者、僕の声が聞こえるなら此処に来て」
 祈るような問い掛けを静かに目を瞑りながら口にすると、理の力が封じられた宝石が淡い光りを放ち、暫くして彼の肩に女性の指がかけられる。
 その手はこれまで須庚に従っていた精霊達よりもハッキリしていた。しかし肘の辺りまでしかその腕は出現していない。
「無理言ってごめん。でも、この子は助けられる?」
 須庚の問いに答えるように、手は須庚の肩を滑るように前へと進み、その手をガルクに翳した。その瞬間、宝石は砕け散り、同時に手も消えてしまった。
「ありがとう。――聖浄の水と回帰の水よ、僕に力を貸して!」
 命の審判を下す者の了解を得た須臾の両手に、青白い渦が産まれる。癒しの力を有する最高位の精霊が須庚の背後に二人姿を現し、彼を介して再生の力をガルクへと与えていった。
「ガルク、諦めるんじゃないからね!」
 命を司る者――命官――が生と判断し、どれだけ回復の力を与えようと、最後に決めるのはガルク自身の生きようとする意思。
 それを繋ぎ止める為に、須庚は大声で彼に呼び掛け続けた。



 バナジェスタの進む道は、最初から決まっていた様に迷いがなかった。
 立ち止まる事もなく虐殺者――ハリアリ――の残した血の臭いを辿り、肉体の限界の速度でバナジェスタは走り続けた。
 ソルティーは徐々に離れていく彼の背中に舌打ちし、それでもなんとか見失わないように彼の気配だけに集中した。

 街を抜けてコマコラ街道まで入った所で、バナジェスタは急に立ち止まった。
 青白い蒼陽の明かりに照らされるだけの街道で、バナジェスタが見付けた何かをソルティーは見る事は出来なかったが、漲る殺意は体中で感じた。
「ハリアリィィーーー!!」
 バナジェスタの前には、彼同様に獣化した男が立ちはだかっていた。