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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 何をきっかけにしても、どんなに考えの違いがあっても、人は人を理解出来る術を持っている。決して簡単でも単純でもない術だが、それが在る事に気付く事は不可能ではない筈だ。
 その無限の可能性を先に続かせる術を、ソルティーは持っている。関わり合いではなく、繋げられた者達との出会いや、共にした時間という経験が教えてくれた。
 信じられなくとも、信じられた。
 人は人と繋がっている。そう言ったのはディゾウヌ。
 ならばこれまで自分と繋がりを持った者達が生き続ける限り、自分が消えてもその繋がりは必ず残る。
「そう言う事だったんだ……」
 頭上の屋根に挟まれた細長い空を見上げ、ソルティーは小さく呟くと微笑んだ。
 出会いは不運だったと言えるとしても、結果は幸運だった今までの出来事。どんな結末であっても、それを良いと思うも悪いと思うも、自分自身の問題だった。
「何が?」
 不思議そうな顔のバナジェスタに、ソルティーは顔を戻すと、嬉しそうな顔を彼にも向けた。
「いや、お人好しの馬鹿も結構良いものだなと。勿論、悪い意味じゃなく、良い意味で」
「……?」
 首を傾げたバナジェスタからまた空へと視線を移し、ソルティーは目を閉じた。
 今の気持ちがこの先も続く様に。
 そして、今まで関わってきた者達に伝わる様に。





 翌日のバナジェスタ家で忙しかったのは、矢張り恒河沙の食事作りに勤しむガルクだけだった。――バナジェスタは借金取りが押し寄せてくる前に、自分から金を返しに行っている。――そんな彼の労働の代価は、ソウナの面倒をハーパーと須庚が受け持つ事によって返される事になった。
 どちらも赤ん坊を抱いている姿は似合わないが、お互いにソルティーと恒河沙を赤ん坊の頃から育て上げている。おしめの替え方から授乳まで堂に入ったものだ。そんな理由もあったが、ソルティーが近寄るとどうしてかソウナは泣きじゃくってしまい、どうしようもなかったのが一番の理由と言えるだろう。
「子供受けは良いくせに、赤ん坊受けが悪いとは……。ああそうか、ソウナは身の危険を感じた訳だ。まだこんなに小さいのに、手を出されて傷物になりたくないんだよね?」
 室内担当のハーパーと交代した須臾が、家の外でソウナをあやしながら、横目でちくちくと先に外に出ていたソルティーをいたぶる姿は、至極幸せそうだ。
「もうその話題は止めてくれと、何度言えば気が済むんだ」
「ふっふっふっ、それは君が脱幼児趣味を済ませるまでだよ」
 既にこの話は須臾の冗談になっているのは判っているが、言われる度に心臓が痛む様な気がした。
 ソルティーにしてみれば、初めて間近に見る赤ん坊にもう少し近寄りたいのに、泣かれる為に断念して落ち込んでいた。こうして須臾に追い打ちを掛けられる度に、沸々と怒りが湧くよりも前に気落ちしてしまう。
 赤ん坊は身を守る本能が極めて高い。故にソウナがソルティーを嫌っているのでは決してなく、彼を構成している力を敏感に反応しているだけに過ぎない。
 しかしそんな事までソルティーに判るはずもなく、遠目で須庚を羨むだけ。
「ああ、可愛いなあ。ソルティーほら、笑ってるよ」
 須庚は4フィアス離れた場所からソウナをソルティーに向け、自慢げに言う。
 ソルティーはその自慢げな顔を思いっきり殴り飛ばしたい気分だが、折角向けられたソウナの笑顔を見るのに精一杯目を凝らすだけだった。



 ソルティー達の出立は夜を予定した。
 ガルクの買い出しに恒河沙が付き合い、喧嘩っ早い誰かのお目付役として結局ソルティーも付き合う事になったのだが、その間かなり強い監視の視線を幾つも感じた。
「賞金稼ぎのギルドの掟なんて、有って無きが如しだ。傭兵のギルドの様に秩序で締め付ければ、その隙をついて首に逃げられる理念が働いてるからな」
 そうでなければギルドの支部があるこの街で、こうもあからさまに付け狙えるはずはないとバナジェスタは語り、実際その通りになっている。
 相手の方は少なくともハーパーを殺さない事には気が済まないらしく、かなりの人数がバナジェスタの家を取り囲んでいた。
 ただし続けられた話では、それでも一応ギルドの目の届く範囲で私怨行為が見つかれば、かなり重い罪状となってしまう。よって彼等はソルティー達が街道に出た所で、野盗の仕業と見せかけて仕掛けるつもりらしい。
「それが彼奴等の常套手段なんだ。今までも何度かそれで殺しをしている。生き残った奴は居ないから、ギルドの査問に引っかからないんだが」
 バナジェスタはそう口惜しそうに語った。
 もし仮に決定的な証拠をバナジェスタが掴んだとしても、彼等が捕らえられる前にバナジェスタは疎か、ガルクやソウナにまで危険が及ぶ。それを避ける為に彼はずっと口を閉ざし、見て見ぬ振りをし続けてきた。
 当然、卑怯な手段を好まない者が彼以外にいたとしても、同じように自分達に火の粉が被らぬようにしているからこそ、今こうして同じ事が繰り返されようとしている。
 それに異を唱えたのは、珍しく恒河沙だった。
「でも、そんなの悪い事の手伝いしてる見たいじゃないか」
「判ってる。判ってるが、俺の力だけじゃどうしようもない。俺は他人が何処かで殺されるかよりも、自分の目の前の家族の方が大事なんだ」
 正義だけが罷り通る世の中ではない、と訴えるバナジェスタに、恒河沙は顔を顰めた。
 良いか悪いかを決めるのは自分自身で、それが世の中に当てはまらないのは、今までの旅で気付かされてきた。しかし目の前のこの男は、自分で悪いと判断しておきながら、何もしないのが気に入らない。
 バナジェスタの信念がいまいち伝わってこないのが、なんとなく嫌でまた口を開いた。
「それってほんとに家族護ってる?」
 恒河沙の素朴な質問に、全員の視線が集められていく。
「俺はソルティーが大事だから、悪い奴等は全員許せない。だって、今はソルティーの敵じゃなくても、明日には敵になるかも知れないだろ? もし俺が居ない時にソルティーに何かあったらって思うじゃん。一日中ずっと傍に居たいけど、それが出来ない時もあるじゃん。そんな時が来たら、おっさんはどうするんだ? 悪い奴等だと思った時に、やっつけておけば良かったって思わないか? それともどうしようもないってやっぱり思うのか?」
「………」
「そりゃあ俺でも全員は無理だけど、それでも俺の判ってる奴等はどうにか出来る。そうすれば、俺の大事なソルティーは俺が護ったって自信が出来る。大事とか言うけど、大事な奴等の周りに危険なのとか悪いのか残ってる中に、大事なの置いとけるもんか? ほんとにおっちゃんは大事にしてるのか?」
 恒河沙は始終口に何かを放り込みながらだったが、誰も彼の言葉に異論を唱える事は出来なかった。
 理想論だと思う所も少なからず在るが、熱弁を振るう訳でもなく、ただ自然に思った事を口にされては、世間一般の事勿れ主義は通じない。
「……恒河沙ぁ〜〜、何時の間に成長したんだぁぁあああっ!!」