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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 正直かなりこの男を苦手に感じているソルティーは、捲っていた袖を下ろしながら、木箱とバナジェスタを見比べた。しかしこのまま立ち去ろうとすれば、また足に縋り付いてきそうに思え、不承不承だが木箱に腰を下ろした。
「あの子に聞かせたくない話でもあるのか?」
「いや、彼奴も知ってるんだが、わざわざ前にして言う話しでもないから。借金の話はソウナが病気して、大金が急に必要になって仕方なくだ。この街に医術師は居ないから、それを呼ぶのに金が掛かった。それで、俺がどうして仕事が出来ないかは、……ガルクの本当の親を俺が殺した所為だ」
 普通なら知り合ったばかりの素性も知らない者に聞かせたくないだろう話を、バナジェスタはすんなりと吐き出した。
 だが、ガルクの話だけは、重い感情が含まれていた。
「………賞金首だったのか?」
「ああ。――昔、俺は別の国に居て、そこを追い出されてこの仕事に就いた。後が無かったのもあって、首金が高い奴ばかり狙って狩った。重罪犯であるほど生死問わずの世界だ、俺としても楽だった。その時に65ソリドって破格の手配書が出て、俺は真っ先に飛びついた」
 バナジェスタはまるで空から落ちてくる金を受け止める様に、両手を上向きに広げて口元に笑みを浮かべる。だが直ぐにその笑みは消え、両手は握り締められた。
「飛びついて……ガルクの父親を追い詰めた。そして、彼奴の目の前で殺した」
 強く握り締めすぎて震える拳を、彼は苦しそうに見つめ徐に首を振った。
「まだ四歳になったばかりだった彼奴は、じっとそれを見つめてた。泣きもせず、俺を睨みもせず、ただ黙って俺が父親を殺す所を見て、父親が倒れている姿を見ていた」
「………」
「俺は急に恐くなった。昔の仕事も賞金稼ぎも大差ない、誰かを殺す事なんて慣れていた筈なのに、俺は初めてそれが恐くなった。恐ろしかった。俺を見つめるガルクの目も、血塗れになった自分の腕も、恐くて恐くて……」
 バナジェスタには自分の拳が、今も血に汚れて見えるのかも知れない。こびり付いた恐怖の象徴から逃げるように、彼は両の拳を地面に押し付け、苦しそうな顔を空に向けた。
 最初は何らかの同情を引き寄せる為の虚言かと思っていたソルティーだったが、同じ恐怖を感じた事のある心が、聞かされる話を事実だと受け止めた。
「俺は逃げようとした。本気でガルクに見つめられるのが恐くて、尻尾を巻いて逃げようとしたんだ。……その時、彼奴が言ったんだ、「仕方ないよな」って。四歳のガキが、父親が目の前で殺されたのを見て、仕方ないって。そしたら今度は、無性に悲しくなって、逃げようとした自分が情けなくなって」
「それで拾ったのか?」
 ソルティーの言葉にバナジェスタは一端躊躇し、空から顔を戻しながら溜息を吐いた。
「彼奴から拾われた。自分は今日から飯が食えない、お前に食わせられないなら、今すぐ殺してくれって。……四歳のガキが、一生懸命泣くのを我慢して、憎い筈の男の服を掴んでそう言うんだ。罪を犯した親と一緒に追われて、ガキのくせに生き延びる術だけを覚えたんだ。それが余計に悲しかった、観念するしかなかった。彼奴に謝る言葉がないなら、他に楽しい事教えたくなった」
「それで今か?」
「そう、あの時から俺は腰抜けになった。みんなに馬鹿にされ笑われて、ガルクに叱られる毎日だ。それでも、今の方が良い。あんな目を見るくらいなら、腰抜けの方が良いさ」
 バナジェスタは最後に力無く笑う。
 ただそれは、今の自分を納得しての笑いだったようにソルティーには見えた。
 彼は賞金稼ぎとしてガルクの父親を殺した事は、後悔していないのだろう。しかし子供から親を奪ってしまった事には、償いの感情を持っている。その贖いを済ませられていない思いがあるからこその表情に思う。
「仕事を変えたらどうなんだ。こんなやり方が何時までも通じないだろ」
 ソルティーはそう提案を口にしながらも、彼が首を縦に振らないと感じ、実際に彼は横に振った。
「出来ない。俺は賞金稼ぎとして彼奴の父親を殺して、彼奴を拾った。せめて彼奴が成人するまでこの仕事を続けないと、賞金稼ぎの俺に狩られた彼奴の父親に申し訳ない」
 信じて貫いた事を、恐くなったからと言って退いては、今まで自分に狩られた者達に対してのけじめがつかない。――それはバナジェスタだけにしか通じない、彼が今も唯一残している誇りなのかも知れない。
 それでも信じて貫く姿勢だけは、認めなければならないのだろう。ソルティーはそんな思いから深く頷き掛けた時に、バナジェスタはこれまでとは違った声を吐き出した。
「それに……、俺にはやり残した仕事がある。この仕事を何時辞めるにしても、もう一人だけは俺がこの手で狩らなければならない奴が居る」
 最後の誇りを賭ける様な彼の言葉には、何か深い妄執が感じられた。
 両手に渾身の力を込め、固い地面を更に固めるように拳を押し付けていく姿には、憎しみまでも込められているようだ。
「それまで俺はどんな事をしてでも、何を言われてもこの仕事を続ける。腰抜けだろうが弱虫だろうが、そんな事はどうでも良い。賞金稼ぎを辞めたら、俺はあの首を狩る資格を失う。失っても俺は彼奴を見つけたら、絶対に殺さなくちゃならない。そんな事になったら、またガルクに仕方ないなんて言わせてしまう」
 賞金首を誰が獲ろうとも問題はない。
 バナジェスタなりのケジメがそこにあり、陰に見えるのは彼の個人の私怨。
「……どうして其処まで私に話す」
 総てを聞き終えてから言う台詞ではないと思いつつも、今日知り合ったばかりの関係では疑問も抱く。
 それにこんな風に話を聞いてから、その後で深く関わり合いになった事が一度や二度ではないのだ。もしかするとと思いたくもなる。
 ソルティーのそんな疑惑めいた言葉と視線に、バナジェスタは細い目をもっと細くする笑顔を浮かべた。
「あんな大金を放棄してくれて、俺に有利な証言もしてくれた。そんな事は普通誰も出来ない。出来るのは、馬鹿な位にお人好しか、俺より悔しい思いをした奴かだと、俺は思っている」
「差詰め私は、馬鹿なお人好しだな」
「俺は後者だと思ってる」
「買い被りだ」
「そうかな? 俺はガルクとソウナの為なら何でもする。嘘も吐くし、土下座も出来る。ただ、そうした俺をあんた達は見下さなかった。ガルクの飯も褒めてくれた。そんな信用出来そうな相手にまで、いい加減な態度をとりたくない」
 たったそれだけだと最後に付け加えた言葉は、心底穏やかな響きだった。
 今までソルティーが見てきた、それぞれの思想と誇りと意義。誰も同じではなかった人の心。そんな様々な違う心が、重なり合って世界を造っている。
 彼と自分は全く違う人生を送ってきている。しかし彼の持つ誇りや、身近な者を大切に思う気持ちは重なる部分が多い。たった数時間だけの間柄であっても、踏み込むのではなく開く事で何かが繋がっていく。
 ソルティーはそれを頭ではなく胸の奥の温もりで感じた。
――ニーニアニー……私は信じられる様になった。君の願った様に、心から人を信じられる。聞こえるか? 私は今、本当の喜びを感じている。