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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 ソルティーに剣を使わせるな。そんな約束が、今目の前で破られている。恒河沙は咄嗟に大剣を担ぎ直して出ようとしたが、それを止めたのもハーパーだった。
「どうしてっ?!」
 ハーパーが前に説明してくれたソルティーへの呪詛は、あまりよく理解出来なかったが、それでも大変なのだろうとは思っていた。
 だから不安になってハーパーとソルティーを交互に見比べるが、ハーパーは普段よりも軽い感じで首を振った。
「どうやら、主は楽しんでいる様だ」
「へ……?」
 ハーパーの視線の先へと目を向けると、そこには確かに楽しそうな顔をしているソルティーが居た。
 剣や瞳の色が変色する事もなく、生き生きとした表情と言えるほどだ。
「行かなくて良いの?」
「この度は良いであろう。それにあのあやかし、主を脅かす力を有しておらぬらしい」
 自分が危惧していた状況が、少なくとも今は現れていない。
 その証拠にソルティーは何時まで経っても、もう一本のローダーを手にしない。
 それはハーパーが再会してから教えた戦い方ではなく、遠い昔に教えた楽しむ戦い方だった。
――お心の問題で在ろうか。
 確かにソルティーには心を蝕む狂いが有る。それは間違いなく、ハーパー自身にも刻まれた恐怖として残っている事実であり、ソルティー自身が認める事でもあった。
 だがそれは、単なる経験からもたらされていただけだったのかも知れない。
 確かにソルティーは戦いの最中に正気を失い、狂いの飲み込まれた事実がある。そうでありながら今こうして力を制御して戦う彼も存在する。
 その違いは一つしか無いだろう。
『この世界を護る為に生きていたい』
 ただ目的を果たせばいいと思っていた日々とは違う。護るべき者がなかった時には命など無価値に等しく、今はその逆なのだろう。
 目の前の彼は実に楽しそうに剣を振るっていた。それが何故か、誰の影響か考えるには容易く、僅かに悔やむのは己がそれを教える事が出来なかった事だろうか。――それでもハーパーは、僅かに懐かしむようにソルティーの姿を見つめるだけだった。
 別の場所では上空のジャンタを、須臾が打ち落とし終わっているのか、恒河沙と同様に二人の姿を感心して眺めていた。
「それにしても、何時まで続けるおつもりかしら?」
 頬に手を当てて、長く続きそうな鍔迫り合いに、ミルナリスは退屈そうな言葉を吐き出した。
「ううむ…確かに……」
「いいだろ、ソルティー楽しそうだし、格好いいし」
「だから劣悪脳単細胞生物は困りますわ。今此処で別の敵が現れたらどうします?」
 呆れたと首を振るミルナリスにはっとして、恒河沙は大剣を握り直す。
「行かぬ方が良い」
 勢い勇んで飛び出そうとする恒河沙を、やっぱりハーパーが止めた。
「でも……」
「行かぬでも、此処から叫べ」
「なんて?」
「何でも良い。早く終わらせる様な言葉で在れば、どの様な言葉でも良い」
「?……うん」
 それで終わるのかと言う疑問は残るが、取り敢えずはハーパーの指示に従って、恒河沙は大きく息を吸った。
「ソルティーっ、早く終わらせて一緒に飯食おうっ!! 俺っ、腹減ったーーーーーーーーーーっ!」
 山にその大声が響きわたり、同じ言葉がこだまとなって返され、当然それは楽しげに死闘を繰り広げる二人の耳にも入ってきた。
「と、言う訳だ」
「何がだっ!」
 いきなり速度や打ち込む力の増したソルティーの剣筋に、ゲルクが唸る。
 幾らなんでもこんな理由でと感じる前に、太刀は軽く弾かれてしまう。
「てめぇ、手抜いてやがったなっ!」
 焦りを浮かべるゲルクとは対照的に、ソルティーの顔には一層の笑みが浮かべられた。
 しかもそれは、ゲルクが最初に浮かべた嘲笑によく似ていた。
「誰が何時、真剣だと言った。楽しかったが、あの子を待たせられない」
 「今からは真剣になる」と付け加え、ソルティーはゲルクへと大きく踏みだし、彼の掲げた太刀を簡単に砕く。そして怯みもしない彼を睨め付けると、たった一閃でゲルクの右目を切り裂き、右腕を切り落とした。
「まじかよっ?!」
 驚愕の声は斬られた衝撃や痛みではなく、切り口から急激に力が失われるのを感じたからだった。
 避ける暇すら無かった己の動きの鈍さにゲルクは臍を噛み、次の一太刀が訪れる前に、あっさりと逃げ出した。
 それはもう恐ろしく見事に背を向けると、脇目もふらずに逃げ出したのである。
「畜生っ! これで二度目じゃねぇかっ!」
 負けを認める事は悔しい。死を恐れての逃げではなくとも、逃げる無様な姿は晒したくはない。
 しかしそれよりも、もっと無様な気持ちとして、他の妖魔の様に消えたくはなかった。消えてしまっては元も子もないのだ。
 妖魔が此処まで力を蓄えるまでには、何百と言う月日と、何百という人の負の感情が必要だ。
 その、折角蓄えた力が消えようとしている。
 切り口から黒い液体がこぼれ落ちる。そんな事は今まで無かった。
 しかし現に、取り込んだ力が腕を押さえないとこぼれ落ち、霧散し続ける。
「くそぉ〜〜力を補充しないと駄目かぁ〜〜?」
 やけに人間くさい悔しがり方だが、その為には多くの者の死が必要だ。
 一目散に坂を駆け下りながら、ゲルクは思いっきり悔しがる。こんなまたとない好敵手を失う事になるとは、と、有るのか無いのか判らない心でそう思った。


 ゲルクの逃げる背中を見送りながら、ソルティーは剣を鞘に収める。
 その背中に何かがぶつかり、振り向くと目を輝かせる恒河沙が自分を見上げていた。
「格好いいっ!! ああもー格好良すぎっ!」
 恒河沙はソルティーの腰に抱き付き、背中に頭をグリグリと擦り付けて喜びを表した。
「どうしてそんなに強いんだ? 俺、ソルティーより強い人見た事無いっ! めっちゃくちゃ格好いいよぉ〜〜」
 長い間一緒に居たのに、ソルティーがまともに剣を振るうのを見たのは、これが初めてだ。一度だけ手合わせをして、簡単に負けてしまった事はあっても、実際に見せ付けられたら感動しかない。
「……どうもありがと」
 ソルティーの返事が微妙な響きとなったのは、雇い主を仕事を忘れて褒めちぎる傭兵らしからぬ態度と、それを喜んでしまう自分の情けなさが混じってしまったからである。
 もっともわざわざ咎めるほどの事ではなく、今は恒河沙よりも地面を這いずっている物の方が気懸かりだ。
「それより、動けないから離してくれないか?」
「え〜〜〜〜、……ちぇっ、わぁったぁ」
 まだまだ一杯褒め称えたいけど、困った顔をされてしまっては、手を放すしかない。そうして取り敢えずソルティーが向かう場所に一緒に行って、見たくない物を見てしまった。
「うげっ?! 気持ちわりぃ……」
 どす黒い液体を引きずり、指先だけで這うゲルクの腕。勿論腕を動かしているのは、ゲルクの妖魔としての部分であり、向かっている先も彼が逃げた方向だった。
 その気味の悪い光景に恒河沙は口を手で覆い、其処へ須臾も片手に何かを携えてやって来た。
「気持ち悪ぅ〜〜」
 蠢く腕をまじまじと見下ろしていると、突然液体が激しく震え、切り口から恒河沙へ向けて飛び出した。
「うぎゃっ! ………うわぁ〜」