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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 またもや液体を防いだのはソルティーの一閃だった。
 完全に本体を失ったゲルクの腕は、ソルティー達の目の前で急激に干涸らび、塵の様に風に流され消えていった。
 恒河沙がまたしてもソルティーへの感嘆を吐き出す時には、彼の剣は鞘に戻されていたが、その一瞬の動きには須臾も手を叩いた。ただし、
「ひっ、いてっ、いやっ、やめてっ」
 拍手の音の変わりに鳴ったのは、小さな悲鳴だった。
 須臾の両手に何度も挟まれ、苦しそうな声を上げるのはジャンタだった。
 ゲルクの援護が目的でありながら、須臾に攻撃するのに一生懸命になり過ぎて、須臾のお友達が急降下しているのにも気が付かず、打ち落とされた間抜けな妖精……らしき生き物。
「何だそれ?」
 須臾の指に摘まれたそれを指差す恒河沙に、ジャンタは小さいながら盛大で露骨に怒りを露わにした。
「そーれーやてぇ?! ゲルク大将の世話役にして一番の子分ジャンタ様に向かって、それ? どたまかち割ったろか、こんくそガキっ!」
 羽根を捕まえられている為に、極小の手足を恒河沙に向けて突き出す位しか出来ないが、自分の立場は全く考慮していないらしい。
 形は小さいが威勢だけは恒河沙以上の小物体に、三人の視線が集まる。
「……なんや? そんなに見つめんなや、俺、恥ずかしいやん…」
 ジャンタは凝視されている事に気付いた途端頬を赤く染め、恥ずかしそうに手をぱたぱたとする。全く緊張感の欠片もない様子に、三人は暫く言葉が出なかった。
 その中で一番初めに現実に戻ったのは、ソルティーだった。
「先刻の妖魔がゲルクと言うのか?」
「そうや! 妖魔さんらの中やったら、一二の強いお人や。まぁ強いねんけどその分あほが目に付くっちゅうか、考え無しなんが玉に瑕っちゃぁ玉に瑕や。その所為で俺の苦労も並大抵やないねん。ちょっと判ってくれるか、この苦労」
 同意を求める様に三人の顔に指を突き出し、その後は腕を組んでうんうんと頷く。
「今回の事にしたって、他の妖魔さんと仲よぉしとってくれたら、もぉちょっと楽にあんた等なんぞ殺れとった筈やのに、自分一人で突っ走った挙げ句がこれやねんから、俺もマジで大変やわ。大将んとこ戻ったら、今度ばっかりはきつぅ言い聞かせなあかんやろなぁ。あんた等もそう思うやろ?」
 更に同意を求めて三人を見渡す。しかし、三人はジャンタの独り言に唖然として、何の意思表示も出来ない。
「なんやあんた等、のり悪いで?」
「いや、そうじゃなくてさ、君あの妖魔の所に戻れるつもりでいるの?」
 須臾の素朴な疑問にジャンタは憤慨した。
「なに言うとん? 当たり前やん。それともなに? こないに可愛らしい妖精を、あんた等はご無体にも殺すって言うん? そら殺生やわ〜〜。もっと心は広ぉ持たんと、立派な大人になれへんでぇ」
「可愛らしい?」
「妖精?」
「どこがだよ?」
 須臾、ソルティー、恒河沙の順に投げ掛けられた疑惑の言葉に、ジャンタはますます顔を怒らせる。
 ソルティー達からすると、ジャンタは敵の一人に間違いない。
 助けてくれと頼まれるならまだしも、立派な大人云々を言われる筋合いは毛頭ない。
 聞きもしない事をべらべらと喋って貰えたのには、呆れ半分で感謝するが、それとこれとは話が違う。
「なあ、もうちょっと優しい心持たれへんかなぁ?」
「ソルティー、ぷちっと殺しちゃお」
「なぁっぷ…ぷちっとやてぇ!! われなに言ってくれとんねんっ! 妖精殺したら呪われるねんで! そないな事しよったら、われに化けて出てやるからな!」
「…う……」
 流石に化けて出てやるには恒河沙も怯んで言葉を失った。
 こんな極小でもお化けはお化け。極力お近付きにはなりたくない。
 徐々に横道に逸れだした話にソルティーは一人頭を痛め、気を取り直した所で口を開く事にした。
「交換条件だ。あの妖魔の言っていた“彼奴”とは誰だ、どうしてこの子を狙った」
 ゲルクの口にした「見せしめ」と言う言葉が気になった。それが自分を差していない事は、彼の口振りで判る。それにわざわざ恒河沙の体を奪う理由が判らない。
 狙われているのは自分なのだから。
「そんなん、言える筈ないやろ」
「なら、化けて出る気も起こらない様な死に方をさせてあげよう」
「言わせていただきましょうともっ!」
 優しい口調の中に本気を伺わすソルティーに、ジャンタは素直に頷いた。
 所詮自分が可愛いのだ。
「でも、俺がわざわざ言わんでもわかっとんちゃうん?」
「言え」
「判りました。アガシャや、妖魔さんら率いてあんた狙っとんのはアガシャって言う奴や」
 ジャンタの言葉に恒河沙すら驚いた。
 勿論、須臾の驚愕はその比ではない。
「大将はその体が欲しいねんけど、なかなかっつうか滅茶苦茶つよぉて手ぇ出されへんのや。そやから、おんなじ力もっとるこいつ狙ったんちゃうん? 俺も大将と付き合い長いけど、こんなちんけな体狙うん初めてやから、それ以外に理由思いつかんわ」
「……阿河沙」
 須臾が呆然とそれだけを呟く。
 恒河沙はソルティーを見上げ、ソルティーは額に手を当て、酷く狼狽え始めた自分を感じた。
――シルヴァステル……アガシャ……。
 二つの名が繰り返し頭を過ぎる。
 言葉を失った三人を遠くで眺めていたミルナリスに、うっすらと笑みが浮かび上がる。


――これからですわね。


 それは確信的な笑みだった。


episode.28 fin