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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「ん?」
 大剣を手にした威勢の良い恒河沙にゲルクは初めて彼を見て、微かに首を傾げた。
 そして、笑みを濃くすると、太刀を恒河沙に向ける。
「貴様……、決めた、てめぇは彼奴の見せしめだ」
 ゲルクはそう呟くと共に太刀を音を立てて振り降ろすと、膝を曲げて低く体勢を落とした。
「ソルティーは下がってて」
 流石に一度妖魔と戦っているだけに、慎重さを隠せない須臾の言葉に従い、ソルティーは二歩程後ろに体を移す。
 下手に間に入れば、余計な混乱を引き起こす。須臾と恒河沙の息の合方を信じ、ゲルクの対処を一端彼等に任せた。
「恒河沙」
「ああ」
 何時も通り最初に出たのは須臾だ。
 手にした封呪石に其の力を問い掛ける。
 解き放たれたのは炎。ゲルクの目を眩ませる為の、威力は無いが広がりのある炎だ。
「小手先で俺がどうにか出来ると思うなよ」
 ゲルクの声と共に凪ぎ払われた剣先が風を起こし、炎の向こう側にいた恒河沙の体に圧力が掛かる。
 咄嗟に、ゲルクに対して掲げていた剣身を間に挟まなければ、それだけで切り裂かれていただろう。
「くっ…」
 恒河沙は強制的に押し戻された体を空中で立て直し、膝を着くだけに抑える。
「おせぇっ!」
「させないっ!」
 恒河沙に飛び掛かるゲルクの顔面に須臾が小柄を四本同時に投げるが、それは彼に届く前に何故か地面に落とされた。
 上空に控えていたジャンタがそれを阻止したのだが、空高く飛ぶ豆粒ほどの存在が須庚には見えず、ゲルクの剣先は恒河沙に届く。
「うわっ!」
 思わず焦りの声を上げたものの、体は勝手にその太刀筋から身を退いていた。
「まだだっ!」
 間髪入れず、ゲルクは間合いを詰めた。
 避けられない横からの圧力に恒河沙は身を任せ、横に体を倒しながら微かに笑う。ゲルクの後ろに須臾が居るのを見たからだ。
 ゲルクよりも早く須臾が彼の背後に廻り、その手平を背中に向けた。
 触れた途端、ゲルクの膝が軸をずらす。
「っ?」
 太刀筋が定まらずに恒河沙の上の空を切った。
 上を剣先が通過するのを見て、直ぐに恒河沙は片手を地面に着け、勢いで立ち上がる。
 ゲルクの太刀はそのまま背後に向かうが、その時には須臾の姿は消えていた。
――やっぱり効果が激薄っ。
 普通の男ならとうに体中の器官に狂いを生じ、死んでいてもおかしくない一撃を喰らわせたのに、ゲルクが膝を着く事はない。
「大将っ! そいつ変な技使いよんでっ!」
 いきなり上空から声を響かせる何者かに、一瞬だけ二人の気が逸れた。それをゲルクが見過ごす筈がなかった。
 宣言した通り、恒河沙が折角離した間合いに瞬時で入り込み、咄嗟に掲げた大剣に剣身が甲高い音を響かせながらぶつかった。
「やっぱりてめぇかっ!」
 恒河沙の目を見ながらゲルクは嬉しそうに笑みを深くする。
 しかし当然その言葉の意味は判るはずもなく、それよりもゲルクの眼窩の中に詰まったどす黒い何かが、ズルッと這い出してきた事に驚いた。
「うわぁっ?!」
 ただ眼窩から零れ落ちる風ではなく、まるでその物自体に意思があるように蠢きながら迫ってくる光景は、思わず目を背けたくなる位に気持ち悪かった。
 とは言え交じり合った太刀の力強さは凄まじく、避けようにも少しでも動けば斬られてしまう。
「恒河沙っ」
「大将の邪魔はさせへんでっ!」
 助けに入ろうとした須臾の足下に、大地を切り裂く風が突き刺さる。
「くっ」
 須臾の頭上には指を突き出したジャンタの姿が在った。
 一応これでも妖精であり、人よりも遙かに魔法に長けている。属性の異なる解呪だけが苦手なのだ。
 ゲルクに近付こうとする須臾に目掛けて、ジャンタは廻りお構いなしに様々な攻撃を仕掛け、その魔法自体は強力なものではなくても確実に足止めになっていた。
「ひぃ…」
 ビチビチと蠢きながら更にゲルクの中から出てくる黒い液体が、まるで宿替えを迫るように恒河沙の目に近付く。
「てめぇの体、戴くのもおもろいかもな」
「………気っ色悪いんだよっ」
 恒河沙は思い切って上体を後方へと反らし、渾身の力でゲルクの腕を蹴り上げる。
 が、そんな事は予想されていた事らしく、恒河沙の足は空を切り、逆に顎にゲルクの肘が食い込む。
 その衝撃に体勢をふらつかせた恒河沙に、一気にゲルクの本体が延ばされた。
「ひっ!!」
 どす黒い意志を持つ液体が、ゲルクの目だけではなく、口や鼻や耳から飛び出した常軌を逸脱した光景に、驚きのあまり恒河沙は動きを鈍らせた。
「……ったく」
「主?」
 溜息の様な呟きにハーパーがソルティーを見た時には、彼はその場には居なかった。
 再び前へと視線を向けた時には、剣を片手に駆け出すソルティーの背中があった。
 別に手を出すつもりはなかった。
 恒河沙達が負ける相手では無いと踏んでいたし、このまま放って置いても、既にジャンタを見付け出していた須臾がどうにかするとも信じていた。
 しかし、
「これは私のだ」
 ソルティーは静かな言葉を吐きだしつつ、ゲルクの本体を切り裂き、固まったままの恒河沙を背中に庇う。
 ゲルクの本体は切られた部分を霧散させ、残りはズリュッと音を鳴らして、体の中に帰った。
「おっと、すっかり忘れていたぜ」
 ゲルクの飄々とした言いぐさは、本気で本来の目的を忘れていた様に聞こえた。
 目先の快楽の方に心が奪われていた事を冗談混じりに反省し、ゲルクは気を取り直しソルティーに向かって濁った目を光らせる。
「世が世なら次の宿はてめぇの体に決めたい所だが、生憎古びた体に用はねぇ」
「ソルティー俺がっ――」
「悪いが私にもそんな趣味は、無いっ」
 ソルティーは恒河沙を後ろ手に弾き飛ばし、ゲルクに向かって右のローダーだけを使い、滑らかに下段から斬りつけてくる太刀を弾き、そのままゲルクの腹を狙って剣先を流す。
 それをゲルクは笑いながら後方へ飛ぶ事で避けるが、着地した足はまた前へと大きく踏み出す力となり、すぐさま鍛え抜かれた鋼ト同士がぶつかり合う音が響き渡った。
「おっ、お姫様の割には強いな」
「誰がだ」
 ソルティーは気色が悪いと表情を歪ませ、二手三手と鋼を切り結ぶ。明らかにその速度はゲルクをも越えていて、彼の表情からは余裕は一瞬で消え失せた。
 代わりに浮かべられたのは、真剣勝負に挑む楽しげな笑み。同時に山道に響く金属音は透明さを増し、二人の太刀筋に濁りが無くなった事を示した。
 均衡のとれた競り合いは、それ以外の空気を廃絶する。
 互いの手を詠み合い剣先が空を切る事も無く、一瞬の洞察の連続が流れるような動きを生み出していく。しかもこの二人のどちらにも、疲れを蓄積する事を考えずに動けると言う要因もあった。
 怪我をする事を恐れ、疲れる事を考えての予めの配分をしなくても良く、思考するままに動く“器”を有している。それだけの事なのかも知れない。
 だがそれを知らぬ者には、その姿は感嘆の息が出てしまうほどの勇姿として映っていた。
「ソルティー……格好いい〜〜」
「お主、何を呆けて居るのだ」
 仕事を忘れて吐息を漏らしてしまったが、ハーパーの台詞に仕事も彼との約束も思い出した。