小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

INDEX|87ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

 ガルクは父親同様、一気に言い切るとソルティー達全員の顔を真剣に見回した。
 その後ろにはばつの悪そうなバナジェスタが、ガルクの言葉に項垂れている。どうやら借金に困っているのは本当らしい。しかもその返済に対して、ガルクが一切バナジェスタを頼りにしていないのが、素晴らしく無惨だ。
「いや、だから、……その首金は、ちゃんと彼が獲った結果だよ。私達はその手助けをしたに過ぎないんだ。それに多分、旅をしている私達に君が返済するのは、無理じゃないかな?」
「………あ、ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
 ソルティーの言い訳にガルクは何度も頭を下げ、感謝と感動に涙を浮かべた。そして最後に漸く、子供らしい笑顔を浮かべたのだった。
「……良い格好しい」
 取り敢えず須臾の呟きは無視する。
「あ、あのじゃあ、汚い家だけど入って下さい。……って、そうですよね? どうせ親父が『命の恩人には息子の料理を』って、無理矢理連れてこられたんですよね?」
 何から何までバナジェスタの行動は周知の事実らしく、疑問を提示しながらも確信に満ちる言葉だった。
「まあ一応そう言う話だったかな……」
「だったらどうぞ! 高価な材料は全然無いけど、料理は得意なんだ、俺」
「……ああ、じゃあお言葉に甘えて」
 自己紹介もしていない者を、どうしてこんな少年まで信用して家に招くのか判らない。
 しかしガルクに招かれるままに家に入って、なんとなく理解出来た。
 何も盗めそうな物が無かった。
 それはもう見事に、貧乏のどん底を見た目で現した様な室内に、須臾は自分の故郷を思い出した位だ。
「適当に座ってて下さい。直ぐに作りますから。親父! 何時まで外で転がってるんだ。さっさと皮むき位手伝え!」
「はっはい!」
 父親の権威すら失っているバナジェスタは、地面に突き刺さった包丁を持って号令と共に家の中に駆け込むと、ガルクの命令通りの作業に従事した。
「適当にって……何処に?」
 周りには椅子もなければテーブルもない。
 在るのは家財道具を詰め込んだ木箱位だが、多分何処からか貰ってきた物だろう。中の一式もかなり怪しい。
 それでもガルクの手際からか、床には埃一つ落ちていない。
「床だろ?」
 貧乏には慣れている須臾は気にもせずに床を指差し、恒河沙もなんだか懐かしさを感じた。
「やっぱり……ん?」
 恒河沙は何かに気付いたらしく、きょろきょろと周りを見渡した後、奥の部屋へと吸い寄せられる様に歩き出した。
「あ、やっぱり赤ちゃんだ」
 赤ん坊特有の甘い香りに引き寄せられ、部屋の隅に寝かせられた赤ん坊の横に座る。
「ちっこい……やっかぁい…」
 指先で寝ている赤ん坊の頬を軽くつつき、触れた感触に感動もする。
「うわぁ、可愛い子だなぁ」
 後からやってきた須臾も恒河沙の隣にしゃがんで覗き込んだ。
「父親に似なくて良かったなぁ」
「そりゃあ血が繋がってないのに、そっくりだったら恐いだろ」
 突然真後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、両手に皮むき途中の野菜を持ってバナジェスタがしゃがんでいた。
――い、何時の間に来たんだよ??
 気配が全く消されていた。
「ソウナって言うんだ。可愛いだろう? もう何処に出しても負けない位に可愛いんだぁ。まあ父ちゃんが生きてる間は出さないけど」
 須臾達の驚きなど気にせずに、顔中の神経を弛緩させて娘自慢を始める。
「ねえ、血が繋がってないって捨て子?」
「違う違う。俺の古くからの知り合いがどうしても育てられなくなって、泣く泣く俺に預けてきた。まあ俺の方にはもうガルクが居たし、一人増えるのも二人増えるのも同じって奴だったしな」
 隠す必要が無いのか、話には全く言い淀みはなかった。
「居たって、あの子も?」
「ん、まあ、彼奴はソウナと経緯は違うが、血が繋がってないのは同じだな」
 ガルクの事には多少言い難さを現し、触れて欲しくはないと彼の気配が語っていた。
「別に隠してる訳じゃないから、気にしないでも良いから。二人とも俺の自慢の子供達。そう言う訳で、あんまり騒いで泣かさないでくれよ」
「あ、うん」
 須臾と恒河沙が頷くと、バナジェスタは納得してガルクの所に戻っていった。
――何もんだよ彼奴? 悪い奴には見えないんだけど。
 態と気配を消している風にも見えず、かといってそれ程慎重にも見えない。どちらかというと、ただの親ばかに見えるのに、何処か気の抜けない気もする。
「あ、起きた……笑った」
 恒河沙は既に赤ん坊だけに夢中になって、ソウナが笑うと一緒に笑う。
――波長が同じなんだよね。
 ソウナに指を握らせて喜ぶ恒河沙を見つめ、須臾は一緒に楽しむべきか馬鹿にするべきかを迷ったが、結局一緒に楽しむ事にした。


 ソルティーとハーパーは赤ん坊の部屋と、バナジェスタ達が居る部屋の間の部屋で床に座って話をしていた。
 始めはバナジェスタとの経緯を手短に話し、後はどうも行き当たりばったりにしか進みそうにないこれからを話した。
《信用に足りますか?》
《……さあ。基本的に悪い男には見えない。何か抱えているらしいのは判るが、関わり合う時間は無さそうだ》
 部屋の向こうで大きく響くガルクの怒鳴り声を聞きながら、希望を口にする。
 だがハーパーは、どうもソルティーの言い分を信じられない様子を見せた。
《最近の主は短絡的では御座いませぬか? まるで、己から飛び込んでいる様にまで我には見える》
《……矢張り見えるか?》
 ソルティーはハーパーが深く頷くのを見てがっくりと項垂れた。
 須庚には言われ慣れていても、流石にハーパーにまでというのは、僅かに情けなさが込み上げてくる思いだ。
 だが一度大きめの溜息を吐き出してから上げた顔には、楽しげな表情が浮かんでいた。
《判ってはいるつもりなのだが、どうしてもこうなってしまう。……根本では楽しんでいるのだろうな》
《この様な事がであるか?》
《ああ。迷惑だと思いながら、心の何処かでは楽しんでいる自分が存在している。予想するのは簡単だが、予想しきれない事が在る程、不謹慎だが楽しい》
《真、不謹慎》
 判りきったハーパーの堅い言葉にソルティーは笑みを漏らす。
《されど、主のその気持ち、我にも多少なりとも理解出来るまでに至った》
《ハーパー?》
 珍しい彼の言葉に、ソルティーは顔を上げて真剣な彼の顔を見た。
《人と言う生き物は不可解。不可解であり、未熟。未熟であり、無知。しかし、無知ならばこそ、知を得る術を心得て居る。その術とは可能性と言うのではないであろうか》
《………》
《可能性こそ、総ての起源。可能性をお捜し下され》
 ハーパーはソルティーに牙を見せる。相変わらず恐い笑みだが、彼の素直な笑みだ。
 ソルティーは俯きながら彼の膝に手を乗せ、小さく笑う。
《ありがとう。お前に後押しされるのは、誰よりも嬉しい》
《我は後押ししか出来ぬ。それが口惜しい》
 俯いたソルティーの頭に手を乗せて、愛しさを込めて何度も撫でる。
 旅に出る前は、一度も可能性を考えなかった。考えられるはずもない状況だった。