刻の流狼第四部 カリスアル編【完】
ここまで行く先々で問題を抱え込む者はそう居ないだろう。しかも本人にその自覚がありながら、それを退けられないのが、また面白い位に情けない所だ。
「んじゃあ、どうする訳? ほんとにこの人の所に行くの?」
「行きましょう! さあどうぞ、こっちです! 俺の可愛い可愛い息子と娘を紹介します!」
いつの間にか内容が変化しているバナジェスタは、大振りの手招きを交えつつ四人を誘導しだした。
着いて来るまで絶対にそれは納まらないだろうし、拒否すればまた同じ事の繰り返しになるのは、嫌が応でも身に染みて判っている。
「何をして居るんだ? さあさあ」
「ハァ〜〜」
どうも見る限りでは本気で家に招きそうな彼に、ソルティーは肩を落としながらゆっくりと歩き出した。
毒を食らわば皿まで。そんな心境なのは間違いない。
バナジェスタが案内した彼の家は、街の隅に建てられていた。
「大丈夫! 広さだけは自信がある!」
民家ならハーパーは入れないなと会話していたソルティーと須臾に、胸を張って答えた彼の言い分通りなかなかに大きな一軒家だった。
但し、
「……うっわぁ、今にも壊れそう……」
恒河沙の感想が物語るバナジェスタの家は、所々壁の亀裂と崩落が始まっている、街でも一番の古い家だった。
ここに住むのはかなりの度胸が必要な気がする。
バナジェスタは恒河沙の不躾な言葉にも陽気に笑い、自信満々に口を開く。
「大丈夫、まだ五年は保つ」
「それって、全壊するのが五年なんじゃねぇの?」
「屋根が半分残ってれば問題ない!」
「……あっそ」
須庚がよく自慢する貧乏な自分達の村でさえ、ここまでの家は無かった。そんな家にも生半可な自信ではないバナジェスタは、恒河沙でさえも呆れさせた。
「まあそんな事は良いから、中に入ってくれよ。もうガルクもソウナも可愛いんだぜ」
完全に此処へ四人を連れてきた理由が違ってしまったバナジェスタは、うきうきした気持ちを抑えながら、今にも取れそうな扉を開けた。
「ただいまガルク! ソウナ! お父ちゃん今帰ったよ!」
しかし、命一杯両腕を広げて家の中に入ろうとしたバナジェスタの顔面めがけて、何かが勢いよく飛んできたと思ったら、それは見事に彼の顔に命中して彼を倒した。
「ふざけんなくそ親父! 今頃帰ってきて何がただいまだっ! 今日はソウナの面倒を見るのは親父だったじゃないか。今まで何処ほっつき歩いていやがった」
家の中からの声は少年の甲高い声で、バナジェスタの顔面にめり込んだのは空の鍋だった。
「ご…ごめんガルク。でも父ちゃん一生懸命仕事してきたんだ」
「また嘘かよ! そう言ってこの間も出掛けたけど、持って帰ってきたのはラーンの実だけだったじゃねえか。俺が稼いできて欲しいのは、道端の木の実じゃねぇ、せっ、いっ、かっ、つっ、ひっ、だっ!!」
家の中から出てきた少年は、両手に包丁と料理用の大きなへらを持ち、地面に転がって後ずさるバナジェスタをじりじりと追い詰めていく。
短く切り揃えた黒髪に、茶色の瞳はまだ幼さを充分に感じさせるが、少年の迫力は大人以上だ。
「だからこうやって稼いできたんだよ。ほらっ、よく見てよガルク、今日は50ソリドも稼いで来たんだよ!」
子供相手に必死に言い募るバナジェスタの姿に、口を挟もうにも挟めない。
しかも金の詰まった袋を差し出されたガルクの表情は、更に険しくなって、手に持ったへらで思いっきりバナジェスタの横っ面を張り倒した。
「俺は稼いでこいって言ったんだっ、盗んでこいなんて言ってないっ!!」
ブンッと振り下ろされた手から包丁がスルリと放たれ、ドスッとバナジェスタの足下に突き刺さった。
「何処から盗んできた? 誰の懐から盗んできたんだよっ! 幾ら生活に困っているからって何時も言ってるだろ、盗みは良くないって。それをどうしてこのくそ親父はぁーーー!!」
バナジェスタの胸倉を掴んで振り回す様に揺すり、ガルクは半泣きで叫んだ。
疑う子供も子供だが、疑われてしまう父親も父親だ。
バナジェスタは手加減無しで絞め上げられながら、なんとか弁解しようとしたが、呻き声しか出なかった。
「……なあ、なんかマジであのおっさん死ぬんじゃないか?」
ガルクに首を絞められ、バナジェスタの顔色は徐々に青ざめていった。
「この甲斐性なしぃ!!」
「もう止めてくれないか! 目の前で痴話喧嘩からの殺しは見たくない!」
「ソルティー、痴話喧嘩は男女間の喧嘩。これは親子喧嘩」
目を閉じて父親の首を絞め上げるガルクに、ソルティーが間に入り、すかさず須臾が突っ込む。しかしどうもガルクの言葉は、子供ではなく嫁の言葉に聞こえる。それ程真に迫る勢いが在った。
――余程苦労させられたんだろうな……。
恒河沙の大食漢と破壊活動に追われ、金の苦労にどっぷりと浸り続けた経験のある須庚は、そっと顔を背けてホロリと来てしまった顔を隠した。
「……あんた達、誰?」
漸くソルティー達に気が付いたガルクは、四人に疑わしい目を向けた。しかし両手は、まだバナジェスタを絞めていた。
「彼が言ったのは本当だから、兎に角その手を放して上げてくれないか?」
「……判った」
「ぐっはぁ〜ほんとに…死ぬ……かと、思った…」
バナジェスタは首を押さえながら、足りなくなった空気を何度も深く吸い込み、思わず落としてしまった袋を拾う。
「ガルク、ほんとなんだよ。コマコラの梟の首を獲ったんだ。これはその首金なんだ」
「嘘を吐くな。ほんとはこの人達が代わりに獲ってくれたんだろ。親父が首を獲れる筈が無いだろ」
「そ……それは……」
図星を指されて口ごもる父親に、ガルクは肩を落とした。
やり方がどうであれ、嘘を言うのが気に入らない。しかもこの男の嘘は非常にばれやすくて、怒るのが情けない位だ。
「もう良いよ、ほら出せよ。確かコマコラの梟は50ソリドだっただろ?」
ガルクがだらしない父親に呆れながら手を差し出すと、バナジェスタは心から嬉しそうに袋を渡した。
「父ちゃん、ちゃんと使わずに持ってきたぞ。愛するガルクとソウナの為に、1ソリドも手は着けてないんだ」
誉めてくれと言いたげなその言葉に、ガルクはそんな軽口を言う男の頭をぶん殴った。
「そんな事は当たり前なんだよ! 一体どれだけ借金が在ると思ってるんだ! もし1ソフルでも足りなかったら、その場で家から追い出してやる!」
「そんなぁ〜〜」
さめざめと打ちひしがれたバナジェスタからガルクは離れると、厳しい表情のままソルティー達の前まで歩み寄ってきた。
「何処の誰かは知りませんが、なんか親父が滅茶苦茶迷惑掛けたみたいで、申し訳ありませんでした。親父に代わって礼を言います」
父親に似ず丁寧な謝罪でガルクは頭を下げた。
「本当はこの首金は貴方達の物なんですよね? ……でも、お願いします、明日にまた借金取りが来るんです。ですから、このお金貸して貰えませんか。見ず知らずの人に頼む義理じゃないのは判っているんですが、どうしてもこのお金が必要なんです。必ず返します。何年掛かっても、俺がちゃんとした仕事に就いたら、少しずつでも返していきますから」
作品名:刻の流狼第四部 カリスアル編【完】 作家名:へぐい