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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 この世界に舞い戻ったばかりのソルティーは、正気の時間など僅かなものであった。荒れ狂う呪いのままに全てを破壊しようとし、彼が口走る呪いの言葉は耳を覆いたくなるほど。
 見ず知らずの者の血を全身で浴びながらも楽しげに笑う姿は、いっそその場で殺した方が良いと何度も思った。実行に移せなかったのは、狂いから覚めた時に後悔に膝を着く姿をも、具に見続けてきたからだ。
 何としてもソルティーを元に戻そう。せめて彼が彼である時間を長く続かせよう。それだけだった。
 ただ在るがままを受け入れるのが精一杯で、他に希望に胸を馳せる余裕は、何処にも無かった。
――否。我は知ろうとしなかっただけやも知れぬ。主の可能性を、真は見ていなかったのだ。
 自分にそれを気付かせたのは、無知と見下していた人という存在。
 明日が在ると疑わない、今を生きる者達が、ソルティーに生きる力を与えている。
 もしもあの狂ったソルティーを前にしても、きっと二人なら自分とは違う術を探していただろう。一度でも諦めの境地から、殺めの武器を手に取る事もなかっただろう。
《主は良き者をお選びなされた。あれ程の友はそう居りますまい》
《そうだな……。多分私の幸運は、お前と言う最高の師とアルスティーナと、あの二人に出逢った事で無くなったんだろう。これ程大切な存在を得られるのは、そう在る話ではない。そうだろう?》
 乗せられたハーパーの手に触れながら、ソルティーは泣きそうになるのを堪えた。
 無条件に信頼を寄せられるのは、そう容易い事ではない。そう言う者をソルティーは人よりも多く手に入れた。
 誰に言われるでなく、その事だけは胸を張って言える。
 その中でもハーパーは、今でも尊い存在として壊れそうな心を支えてくれていた。きっとそれはこれからも変わりなく続いていくだろう。

「……あう〜、入れない…」
「うーん、とっても別世界な人達」
 一通りソウナと遊んで気が済んだ恒河沙と須臾は、一種独特な雰囲気を創り出しているソルティー達の所為で、部屋に入ろうにも入れない状態で立ち尽くし、その向かい側ではこれまた、困った顔を浮かべているバナジェスタとガルクが居た。
 両手には作ったばかりの料理が持たれ、それが恒河沙の胃袋にまで到達するには、少し先でソルティーが恥ずかしそうな顔を浮かべるのを経なければならなかった。


episode.36 fin