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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 こんな見せ物にされてまで馴れ合う気は一切無く、バナジェスタはそんな事に慣れているのか、気にせずに手を恒河沙に向けた。
「俺も……いい…」
 ソルティーがしなかった事をする気はない。
「あ、そう。まあ俺としても、証明さえしてくれれば良いから」
 気軽に言うと、バナジェスタは胸を張ってギルドに入った。彼の後を追う形でソルティー達も建物の中に入ったが、そこは目つきの最悪な男達が屯していた。
 それ程広くもない空間に二十人以上居る。その誰もが、ソルティー達が入ったのを知ると、口々に小さな呟きを発した。
「おい、先刻赤竜と居た奴だ」
「ああ俺も見た」
「何もんだ? …なんだあの目、薄気味わりぃガキだ」
 隠そうとしない中傷の言葉に、恒河沙が一気に殺気立つ。
 強いか弱いかを決めるだけの喧嘩なら良いが、容姿に関して言われるのは、今でも大嫌いだ。
「気にするな。相手にする価値もない言葉だ」
「う…ん……」
 ソルティーの救いの言葉になんとか踏み止まるが、どれだけ我慢出来るか判らない。そんな空気が建物の中に充満していた。
「おーい、こっちこっち。さあ親爺、証人を連れてきたぞ。さっさと50ソリド全額払え」
 部屋の中央に造られた柵越しに座る、目つきの鋭い老人にバナジェスタは啖呵を切る。
「証人ねぇ。何処の誰かもわからねぇ奴が、証人になると本気で思っているのか?」
 端からバナジェスタの言う事など聞く気のない老人に、彼は柵に掴みかかって真剣な表情で訴えた。
「しょうがねぇだろ、あの時近くに居たのはこの人達だけだったんだからよ。他に居るなら連れてきてるぜ」
 バナジェスタはそれがさも当たり前の様に言い、老人はつまらなさそうに柵の間から指だし、そこにある頭入りの袋をつついた。
「あのよぉ、そう言うなら俺も言わせて貰うが、俺の耳にはしっかりと入ってるんだよ、生き残りの野盗の話がな。確かに頭の首を落としたのはお前の鉈かも知れないが、そいつらの言い分には、なんでも野盗を獲ったのは四人連れの奴等だ。しかもその中には、ガキと赤竜が居たらしい。まるでお前が連れてきた奴らとおんなじ組み合わせだな?」
 バナジェスタはその言葉に息を詰まらせ、周りの男達は更にソルティー達に視線を集中させる。
「あのコマコラの梟の頭は、お前なんかが狩れる相手なんかじゃねぇ。神出鬼没にして迅速で、相手を選ばないくせに恐ろしいまでに手際が良い野盗だった。だから50ソリドも大金が懸けられていたんだ。それをだな、嘘まで言われてこっちは半額出してやろうとしたんだ。これ以上馬鹿を言うなら、こっちにも考えがあるぞ?」
「………」
「あんた達も災難だったな。こんなどうしようもない奴に利用されてよ。なんならこの首の権利を口にすれば、50ソリドはあんたのもんになるぞ。こんな奴に25も渡す必要はない」
 悔しさを堪える様に俯いて肩を震わせるバナジェスタを、周囲の男達は笑った。
「だと思ったぜ。此奴が俺達でも見付けられなかったコマコラの梟を、そう簡単に獲れる筈がねぇ」
「腰抜けバナジェスタが、今更だしな」
「見栄張るなら、もっと可愛い見栄にすれば良かったのによぉ」
 バナジェスタは聞こえよがしの悪言にも反論せずに、ただじっと唇を噛んで悔しさを堪えるだけだった。
 ソルティーは何を言われても、言わせるだけのバナジェスタを見つめ、それから周りにも顔を向けた。
 確かに嘘を吐いた彼も悪いが、それを嘲る権利は周りには無いし、それを聞き続ける気にもなれなかった。
「確かに私の連れが野盗の大半を倒したのは事実だが、その頭を獲ったのは彼だ」
 50ソリドの権利を受け、それを彼に渡した方が早く方は着くが、それでは周りが納得しないに決まっている。それに有るか無いか判らないバナジェスタの自尊心を、少しは考えた結果だ。
 ソルティーの言葉に周囲どころかバナジェスタでさえも驚き、彼を見つめた。
「野盗に襲われていた所に彼が来た。私達が相手にしたのは配下の者だけだ。手傷を負わせる位はしたが、それからは彼の仕事だった。その首金は頭だけに懸けられているのだろう? だったら私達にその権利はない」
「……それで良いのか?」
 老人の言葉は明らかにソルティーの嘘を指していたが、気にせずに頷いた。
 老人は暫くソルティーとバナジェスタを交互に見定めてから、ゆっくりと立ち上がり奥へと消えた。
「あ、ありがとう!」
 バナジェスタは細い目を更に細くして、感極まったと言わんばかりの顔をする。そして抱き付こうと両手を広げた。
 しかしそれは、間に入った恒河沙に蹴飛ばされて止められた。
「あいたた……」
 しこたま尻を床に打ち付けて喘ぐ姿は笑えるが、周囲の視線はそれを許さなかった。
「どういうつもりかしらねぇけどな、ここにはここの決まりが有るんだ。それをかっこつけだけで滅茶苦茶にされたくねぇ」
 一人の髭面の男が、一歩前に出てソルティーを睨む。
「それは済まなかったな」
 男の目的が、自分達に喧嘩を売りたいだけなのは目に見えている。
 適当に流すつもりの言葉だったが、それが逆に男に火を付けた形になった。
「この野郎っ!」
 男はここぞとばかりに自分の得物に手を掛けて、引き抜こうとした。しかし、剣が鞘から出される前に、男の髭面にはソルティーの剣先が突き付けられ、喉元には恒河沙の短剣が鈍い光を放っていた。
「此方は話をしに来ただけだ。どうしてもと言うなら相手になるが、その気がなければ口を閉ざしていろ」
 真っ直ぐに突き付けられた剣先の向こうに見える、ソルティーの冷めた瞳に男は冷や汗を流しながら手を得物から放した。
 男の戦意が無くなったのを感じて、ソルティーは剣を納め、恒河沙は潜り込んだ懐から体を退いた。その途中、男の得物の柄に突き刺していた小刀を引き抜くのも忘れない。
「ああ〜折角買ったのに〜〜」
 恒河沙は床に落としてしまった食料を、勿体なさそうに拾い集め、男達はその姿に恐ろしさを見に宿らせた。
 信じられない位に早かった。
 両手が塞がっていた状態から、相手よりも早く剣を抜くのも、的確に的を絞って小刀を投げるのも余程の修羅場を潜らなければ無理だろう。
 長年コマコラの野盗に悩まされ続けてきたが、彼等なら狩れると確信できた。
 しかしそれは同時に、彼等に闘争心を燃やすきっかけにもなった。
 殺気立った視線を受けながら、床に散らばった食料を纏めて抱え直す頃になって、やっと戻ってきた老人にソルティーは手招きされた。
「あんたの素性を確認させてくれ。通りすがりだろうが、証人は証人だ」
 老人が確認したいのは、恐らくソルティーに賞金が懸けられているかだろう。身分を隠したがるなら、調べる気なのはその目で判る。
 ソルティーは溜息を吐き出して、床に食料を置くと自分の荷物から身分証を取り出し、柵越しに老人へと向けた。
「………ああ、わ、判った。充分だ」
 アストアの国印に動揺しながら老人は何度も頷き、ソルティーは素早く身分証をしまって鞄を担いだ。
「私の用は済んだのか?」
「ああ、終わりだ。ほらよバナジェスタ」
 柵の中央に開いた小さな窓から老人は、バナジェスタに50ソリドの詰まった袋を差し出し、代わりに頭を受け取った。