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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 それすら夢物語だと知りながら、恒河沙に与えられる疑いのない信頼には、数え切れない程の勇気が込められていた。
「じゃあ早いとこ、終わらせよ! ああ、何処行こうかなぁ。行った事無い所からかなぁ」
 恒河沙は頭を揺らしながら、一気に膨らんだ夢に心を躍らせた。
「何処にでも、恒河沙が行きたい所、全部行こう」
「うん!」
 真っ直ぐな恒河沙の返事に、ソルティーは微笑んだ。



 恒河沙が摘んで減ってしまった食料を、もう一度別の店で買い込んでから、二人は待ち合わせの場所をへと向かった。
 そこへ至る丁度街の中心に当たる場所には、街でも強面と言えそうな男達が入り口を固める建物があった。
 建物の中央付近には大きな汚れた看板が飾られ、雨風に晒されて文字が消えかけたそこに確認できるのは、ギルドという文字だけだった。だが壁の至る所に紙が貼られ、賞金首の人相書きとその報奨金が並んでいるのを見れば、そこが何のギルドかは想像に易い。
 ソルティーはその前を通る時、一瞬この道は間違いだったと感じた。
 その一瞬後にその感が外れなかった事に、小さく舌打ちを打った。
「どうしてだよ! どうして賞金の半額しか貰えないんだっ!?」
 建物の奥から聞こえた大声には聞き覚えがあった。
「ここにちゃんと50ソリドって書かれてるだろっ?」
「っせえな! お前なんかがこの首を獲れる筈がないだろうが。どうせどこぞの誰かに泣きついて貰ってきた首だろ。そんな首に半額渡してやるだけでも感謝されてぇよ」
 確実に状況把握出来ている相手の言葉に“あの男”の常習性が伺えて、ソルティーは内心で呆れた。
「そんな事はないって言ってんだろっ!! 首は首じゃないかっ!」
「うるせぇってんだろっ! そんなにつべこべぬかすんなら、どっか余所で換えて貰え。失せな、馬鹿犬」
「うわぁっ!? 一寸待てよ、放せっ!」
 情けない声と共に、入り口から男は数人に抑えられて放り出された。
 彼の手には血の滲む布で包まれた人の頭部が、大事そうに抱えられていた。
「恒河沙…行くぞ」
 地面に叩き付けられた男と目が合わない内にと、ソルティーは恒河沙を促した。
「ってぇ……。なんだよ、こっちは50ソリドの大仕事したって言うのによぉ……ん? この臭いは……ああああああああああああっ!?」
 男の大声に、ソルティーは足を早めた。
 獣族の、しかも犬科。鼻は利く。そして俊敏さに置いても、人間より遙かに上だ。男はこれ以上の味方はないとソルティーの前まで走り、くるりと向きを変えた。
「良い所に居てくれた!」
 嬉々とした顔を見せる男は、驚く事に見覚えのない男だった。
 三十代後半の顔は人間と変わらないが、耳は長く大きい。獣族の特徴をよく示している。有るか無いかのぎりぎりで存在する細い目に、若干獣族にしては細い体。汚れの浮かぶ着古したシャツを、だらしなく袖を通しただけの姿。しかし、彼の薄汚れて擦り切れたズボンと、腰に備えた鉈には見覚えがあった。
 そして、彼の背中中程まで適当に伸ばされた銀色の髪は、確かにあの狼の体毛と同じ輝きだった。
「ああ、俺の運も尽きてなかった。なあお願いだから証明してくれないか? 俺がこの首獲ったってさあ」
 頼みながら男の腕はソルティーの肩を掴み、その所為で肩には、彼の持った頭入りの袋が触れる。
 流石に血は固まっているが、気持ちの良いものであるはずがない。
「ソルティーに触るなっ!」
「うわぁ?!」
 両手の塞がっている恒河沙の蹴りを脚に受け、男の体は簡単に転がった。
「お前誰だよ!」
「誰って……わかんねぇ? 俺だよ俺、コマコラ街道で会ったじゃないか。ほら…、ってあの時は獣化してたけど、こんな色した狼男見たよな?」
 自分の髪を一房握って恒河沙に見せてから、ソルティーにも見せる。どうやら彼は狼族ではなく、獣族でもかなり珍しいとされる人と獣の姿を併せ持つ人狼らしい。
 必死に自分を証明する男に、暫く恒河沙は考え、そして思い出した。
「ああ、あの時首をくーーっ」
 本当の事を言おうとした恒河沙の口を、男は焦りながら塞いだ。
 周りには他の賞金稼ぎが視線を送っているのだ、こんな所でぼろは出せない。
「なあお願いだから、俺がこの首を獲ったって言ってくれよ。あの時あの場所に居たのはあんた達だけなんだよ。なぁ、この通りだから………ってぇーーーーっ!!」
 口を塞いでいた手を思いっきり恒河沙に噛まれ、男は噛まれた手を涙を滲ませてで抱え込んだ。
 しかしどんな状態でも頭を落とさないのは凄い。
 恒河沙は不味い物を口にしてしまって、顔を顰めて口を肩で拭いた。
「ふざけんなよおっさん! どうしてソルティーがそんな事しなくちゃなんないんだよ! 行こ、ソルティー」
 恒河沙はあまりに勝手が過ぎる男に腹を立てて、ソルティーが行く前に男を置いて歩き始め、ソルティーは何も言わずに従った。
 男はその姿を見つめ、項垂れて膝を着いた。
「そんなぁ〜俺達家族にあんた達は首を括れと言うんだ。今年やっと一歳になるソウナと、九歳になったばかりの前途在るガルクに、不甲斐ない父ちゃんの為に死んでくれと言うんだ。この世に神は居ないのか? たった一言“そうだ”と言うだけなのに、それすらも出来ない男の所為で、可哀想な三人家族の一生が終わるなんて。そんな酷い仕打ちを受けなければならない程の悪行を、俺はしてしまったのか? ああ、ソウナ、ガルク、こんな父ちゃんを持った事を恨まないでくれ。悪いのは総て、この非道な世の中なんだ。父ちゃんお前達にどう詫びを入れれば良いのか判らないよ〜〜〜」
 男は地面に泣き崩れて精一杯同情を引く言葉を言い続ける。
 まるで悪いのがソルティーの様に聞こえる言葉に、こめかみが引きつる気がした。
「死のう。どうせこんな情けない奴が生きていても、ガルクもソウナも幸せにはなれないんだ。いっそここで死んだ方が、二人も首を括らなくて済むと言うもんだ」
 男は徐に腰の鉈に手を掛けると、自分の首に宛った。
 周りの男達はそれを面白そうに眺めているだけで、誰も何も言わない。知っているからだ。これがこの男の手段だと言う事だと、誰も判っているからソルティー達の反応を見ているのだ。
 それでもそれを初めて見る者には、それなりに効果がある。
「ソルティ〜」
 後ろに顔を向けた恒河沙が、複雑な表情を浮かべた。
 急に出てきた罪悪感に戸惑う恒河沙に、ソルティーは肩を落とした。
「……判った。言うから、その下手な芝居は止めてくれ」
 男の演技に気付きながらも、ソルティーは振り返って男を止めた。このまま見捨てて、男がどうなったのか抱え込む恒河沙の姿を見る方が辛い。
「ほんとかっ?」
 男はあっさり鉈をしまって、元気に立ち上がった。
「……ああ、一言だけならな」
 そうは言っても、そうなりそうにないと感じれば、あからさまな溜息が吐き出されてしまう。
「じゃあこっちに来てくれ。俺が首を獲ったと言ってくれるだけで良いから」
「判っている」
「ああそうだ、俺はバナジェスタって言うんだ」
 何事もなかった様に片手を出す彼に、ソルティーは何も答えなかった。