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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 しかし今感じているのは、決して好奇による物ではない。粗野で不躾な視線は、四人の力量を見定めようとする物だ。幕巌の店で受けた視線とは比べ物にならない位、自分達に誇りを持たない瞳だった。
「明日にでも出る?」
 須臾も同じ気分らしく、溜息混じりに言葉にした。
「ああ。食料とか調達が直ぐに済むなら、そうした方が良いな。ハーパーも気を付けた方が良いだろう。まさかとは思うが、竜族が狙われないとも言い切れない。二人も必要以上にこの街には干渉しない。良いか」
「御意」
「了解しました」
「うん」
 この視線を送りつける者の中に、己の力を誇示したがる馬鹿が居るなら、真っ先に狙われるのはハーパーだ。
 勝てる存在でないと知っていても、今までそう言う歴史が無かった訳ではない。
 何時の時代にも、無謀と勇気を履き違える者は、少なからず居る。そんな無益な刃が向けられるのは、ハーパーに決して心地の良い誇りを与えないだろう。
「それじゃあどうする? いつもみたいに手分けして買い物するの?」
「そうだな、念には念を入れた方が良いが、手早く済ませて宿に入った方が良いかも知れないな。何時も通り私とハーパーで」
「恒河沙とソルティーが食料の補給で、僕とハーパーでその他の欠損品の補給ね? 了解しました。落ち合うのは此処に決まり。んじゃ!」
 須臾はソルティーの話を途中で遮り、ほぼ一息で言い切ると同時にハーパーを連れて買い出しに去っていった。
 ソルティーは開いた口をそのまま呆然とさせ、恒河沙に腕を引っ張られるまで我を取り戻せなかった。
「行こ」
「……はいはい、行きます」
――どうしてハーパーまで須臾の味方なんだ。
 反対されたくはないが、応援されたくもない。非常に複雑な心境を抱え込んで、ソルティーは首を傾げながら買い出しに向かった。

「ご協力感謝」
 須臾とハーパーは今までどちらとも無く、二人での行動は何か無い限りは避けていた。冗談が通じないどころか、神経質に考える相手とは、須臾は歩きたくなかった。
 ソルティーの様に、それを逆手にからかえるならまだしも、ハーパーではそうはいかない。
 小難しい彼を連れ歩く位なら、一人で済ませる方が楽とまでも考えているのは、今も変わらない。それでもハーパーも同じ考えだが、不承不承ながら須臾の計画に乗る道を選んだ。
「主は嫌がっては居らぬかったか?」
「それは、複雑な男心って奴? 手放しで喜んだら、格好悪いじゃない。惚れた奴にはそう言う無様な姿は見せたくない物だよ。うんうん」
 どう見ても、先刻のソルティーの方が格好悪いだろう。
 しかし自信満々に、人の心理を語る須臾の言葉に、人の心理を理解し切れていないハーパーは深く頷いた。
「それはそうと、どの店から捜す? 足りないのは封呪石と、此処から北の詳しい地図、それと火繊布だったかな?」
「うむ、それと柔布が必要だ。最後の一枚を使い始めて居る」
 須臾はハーパーのその言葉に微笑んだ。
 暇が出来ると剣や鎧を磨くのは、ソルティーの癖だ。衣服の汚れや自分の事には、全く目を向けないのに、鎧や剣の汚れだけは見逃さない。その為にそれ用の布の疲弊は早かった。
「流石だね。やっぱりよく見てるよね。尊敬しちゃうよ」
 多分どんな小さなソルティーの変化でも、目に見える物ならハーパーは気付く。それは素直に称賛されるべき事だ。
 その須臾の言葉にハーパーは無視を決め込む。
 当たり前の事だと思っていた事を、誉められて恥ずかしくなった。
――どの様な事が在ったとしても、我が主は同じ。そして我も……。
 恒河沙と言う存在がソルティーの中で突出した事から、自分の存在が下に下げられたと勘違いしていたのが、やっと理解出来た。
 ほんの些細な認識だったが、それはハーパーには代え難い認識になった。


 成る可く嵩張らず、尚かつ腹溜まりの良い保存食を、恒河沙の腹を基準に選ぶ。ほぼ買い占め状態で店から出るのは、何時も通りだ。
 その間も絶えず遠慮のない視線を受け続けた。ハーパーが居なくても変わらないのは、恒河沙の持つ大剣の所為だろう。「ガキの癖に大層な物を」と思われているのは、ぶつけられる視線に込められていた。
「こういう時って、先制攻撃した方が黙るぞ」
 折角買った食料を摘み食いしながら、恒河沙は自信たっぷりに言う。
 言葉の端には、一寸だけわくわくも入っている。この手の類の視線は嫌だと思うが、それ以上に喧嘩のきっかけになってくれるから大好きだ。
 言の葉陰亭での地位を築き上げてきたのは、こんな視線を飛ばしてくる者達を、徹底的に力でねじ伏せたお陰である。文句の在る奴は、完膚無きまでに叩きのめす。そうすれば、同じ男の口が、同じ言葉を吐いたりしなかった。
 ちゃんと強い者の一人として迎えてくれるような決着の仕方でもあり、恒河沙はこの方法が一番好きだった。
「それは幕巌に統制された傭兵団の中でだけの喧嘩だからだ。此処では通用しない」
「そうかなぁ?」
 恒河沙は相変わらず、喧嘩と仕事に境がない。
 結果として相手に勝てば、それで良いのだと思っている。物事の後始末と言うのを、彼はした事が無いのだ。
 それに、奔霞には賞金稼ぎが居なかったのも、自分達と彼等の違いを、体で覚えられなかった原因だろう。
 賞金稼ぎの狡さを知っていれば、こうは簡単に言えない。
「負けが負けだけに終わる相手と、負けて悔しさだけになる相手もいる。そう言う相手は自分が勝つまで、どんな卑怯な事でもする。特に、賞金稼ぎは勝つ事だけしか頭にないから、自分の力を信じる傭兵と違って始末が悪い」
 一度でも喧嘩を吹っ掛けてしまえば、どちらかが死ぬまで追い掛けられるだろう。
 もし一人でも倒してしまえば、「今度は俺が」と他の誰かが湧いて出る。悪い意味での自己顕示欲だけの相手には、出来る限り関わらない方が自分達の為だ。
「…ふーん。なんかでも、やっぱりソルティーってなんでも知ってるな。強いし、物知りだし、凄いぞ」
 手放しに褒めちぎる恒河沙にソルティーは渋い顔をした。
――まさか実際に、賞金首に顔を連ねた事が在るから詳しいとは言えないし……。
 短期間だったが、紫翠大陸で賞金稼ぎに追われた事実は、流石に胸を張っては言えない。しかもそれを取り下げさせた方法も、あまり誉められた物ではなかった。
「色々とね、長い間生きてると見聞きするよ。お前が見聞きしてきた事を、私が知らないのと同じ様にね」
「そうか、うん。でも、これから先は、俺とソルティーは同じなんだぞ? おんなじのを見て、おんなじ事を聞くんだ」
「……そうだな。しっかり見聞きしないといけないな」
 出来る限り傍に居て、出来る限り記憶に留めたい。綺麗な思い出にならなくても、一時でも楽しかったと思える記憶にしたかった。
「恒河沙…、この旅が終わったら、今度は二人で何処か行きたいな」
「二人で……。うん! 俺、ソルティーとだったら、何処でも良い! 何処にだって、ずっと着いてく!!」
 初めてソルティーから語られた旅の終わりの先に、恒河沙は思いっきり喜んだ。
 爪の先にもならない僅かな希望。その縋り付く事すら出来ない希望も、誰かが信じてくれるなら、叶えられるかも知れない。