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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 綺麗事なのは判っているが、それでも恒河沙にだけは闇雲に人を殺して欲しくないと思う。このままずっとこれから“何が起きても”、血で手を汚して欲しくなかった。
「ご苦労様」
 ソルティーは恒河沙が眼差しでせがむ通りに頭を撫であげ、不機嫌な顔を向ける須臾に対しては、不敵な笑みを浮かべた。
――私の苦労に比べれば、これ位は上等だろう。
――この幼児趣味野郎!
 言葉を必要としない悪言の応酬に、二人は同時に利き腕を自分の眼前に突き出して、互いを威嚇する。
 宣戦布告を意味する二人の仕種を恒河沙は交互に見上げた。
 口を挟もうとも考えたが、どうも二人が楽しそうに見えたので、取り敢えずは見るだけにした。
 その時である。
「ぉぁぁぁぁああああああああああああああああああああっっっ!!!!?」
 窪んだ地形の所為で響きわたった雄叫びは、本当に突然ソルティー達を包み込んだ。
 四方からぶつかり合う声が何処から聞こえたのかは、直ぐには特定出来なかった。
「なんて事なんだぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
 叫びと同じ声が別の言葉を響かせる。
 幾ら響くからと言っても、これ程の大声はそう出せないだろう。しかもかなり焦っているのが声の調子で判る。
「なんなんだよ」
 恒河沙が周囲を見回し、声の持ち主を捜したが、それらしい者は居なかった。
 ソルティー達に見えるのは、倒れたまま動かない野盗達だけだ。
「野盗の仲間か?」
「かなぁ?」
 そうならと剣を持ち直して、辺りを伺う。
 暫く様子を見ていた四人の目の前に、狼狽えながら辺りを見渡す男の姿が現れた。
「どうしてぇぇ? 誰が終わらせたんだよぉ〜、これじゃあまたガルクに叱られるじゃないかぁ〜〜」
 男はズボンだけを履き、上半身に銀色の体毛を持つ狼の姿を有する獣族だった。同じ獣族でも、須庚のように人に近い者も居れば、砂綬達のように獣の姿をそのまま大きくした者や、彼のように半身が獣の姿を有する者も居る。
 ただ見るからに勇猛な外見を持ちながらも、彼は何処かおどおどした情けない言葉を並べながら歩いてきた。しかもずっと地面に転がる野盗を見ている所為か、ソルティー達には気付いていない。
「これで俺の夕飯抜きだよ。どうするんだよ俺ぇ〜〜」
 がっくりと肩を落とした彼は、其処から動かなくなった。
 片腕で目を擦っている仕種から、泣いている風に見えるが。
「……あのおっさんなんだ?」
「叫んで聞いてみれば?」
「うん。おいっ、そこのおっさんもこいつらの仲間かぁっ!!」
「!?!」
 男は突如響いた自分以外の声に体を大きく驚かせて、周りを大きな身振りできょろきょろと見渡した。
「何処見てんだよ、こっちだよっ! 仲間だったら、殺すぞっ!!」
「恒河沙」
「……ごめん」
 ソルティーに恒河沙が諫められる頃に、漸く男は此方に気付き、両手を広げて走ってきた。
 それはもう鬼気迫る形相で。
 当然ソルティー達は自然と身構えたが、男の行動は予測を超えていた。
「頼むっ、此奴の首は俺にくれっ!!」
 男はソルティー達の前に着くなり、滑り込む様に土下座して鼻を地面に擦り付けた。
「今日またしくじったら、ガルクに五日のご飯抜きの刑をくらっちまうんだ! これ以上借金も出来ないし、ソウナにお乳もやらないと駄目だし、あんた達見たところ凄腕見たいじゃないか、こんな野盗の首位幾らでも獲れるだろう? だからお願いだよ、俺にこの首を頂戴っっ!!」
 生活感漂う切々とした男の言葉に、ソルティー達は呆気にとられながらも困惑した。
「ソルティー、首って?」
「賞金首の事だろ? 賞金稼ぎが狩る悪党の事」
 ソルティーはこの男に、どうやら同業者と思われているらしい事に肩を落とす。
 確かによく考えれば、パクージェは瀕死になったような国で、そこに自ら赴くような者は少ないだろう。それにソルティー達の格好を見れば、観光や国の再起に戻ってきた村人にも見えない。
「なぁ〜お願いだよぉ〜〜。俺達家族の命はあんた達が握ってるんだよぉ〜〜」
 なかなか答えを出してくれないのに耐えきれなくなったのか、男は紺色の瞳を潤ませ、ソルティーの足に縋り付く。
 この状態だと、足を舐めろと言えば本当にしそうで、恐かった。
「放してくれないか、私達は賞金稼ぎではない。ただ旅の途中で野盗に出会しただけだ」
「へっ? それじゃあ……」
「欲しいなら勝手に獲ってくれ」
 早いとこ男から解放されたくて、ソルティーは適当に切り上げた。
「本当か?」
「ああ」
 疲れたソルティーの言葉に、男は瞳を輝かせて立ち上がった。しかも両手を広げて。
「ありがとう! 貴方は俺達家族の恩人だっ!!」
 感謝の意を込めまくった抱擁を繰り出そうとする男の腕から、ソルティーは顔を引きつらせて逃げた。
「み、みんな行くぞ」
 これ以上この男と付き合いたくないのが見え見えの態度で、ソルティーはそそくさと歩き始め、恒河沙達はその後を追った。
「ありがとうーー、この恩は一生忘れないーーー」
 男はソルティー達の後ろ姿に向かって手を振り、大声で何度も感謝の言葉を並べた。
 無論ソルティーは聞こえない振りで、歩く速度を速めるだけだ。
「感謝の気持ち位受け取ってあげれば良かったのにぃ〜」
 須臾が恒河沙の反対にソルティーの横を歩き、思いっきりからかう。
 もし自分がされていたなら、ソルティーと同じ事をしている筈だというのに、ほんの些細な事にも手は抜かない。
「冗談じゃない。抱き付かれるならお……」
 須臾の挑発に思わず「女の方が良い」、と言いそうになったの口を慌てて塞ぐ。それから徐に恒河沙へと視線を移し、
「抱き付かれるのはお前が良いな」
 咄嗟の切り替えにしては上出来だろう。
「えへへ」
 恒河沙は喜んでソルティーの腰に両腕を回し、隣では須臾の舌打ちが聞こえた。
「主よ、あの者は確か此方の道から現れたのではなかったか。ならば次なる街の者ではなかろうか?」
 後ろから確認するハーパーに、ソルティーの幸せ気分は吹き飛んだ。
「……か…考えるな。もし出会っても、忘れたふりをしろ」
 ソルティーらしくない言葉に、彼があの男を何故か苦手にしているのが、誰にも感じられた。
 恒河沙は漠然と、須臾は抱き付こうとしたからだと、ハーパーは男の決してひ弱ではない体つきから彼の行動を怪しいと感じた。
 そしてソルティー本人は、他の感覚が薄れていく中で冴えていく予感からだ。




 パクージェ三つ目の街はケノンと言い、雰囲気としては何処か簸蹟に似ていた。
 屈強な体を持つ男達が多く目に付く。
「さて、ええっと、この街を出ると、次の街まで少し開きが在るみたいだね。出来ればゆっくり休んで、体の疲れをとりたいけど……」
 朱陽が傾き始める街中を、地図を覗き込みながら宿を探す。
「あまり此処には長居はしたくないな」
 ソルティーは、自分達に集められる視線を感じ、それがあまり良い意味ではない事に気分を悪くした。
 ハーパーを連れている事から、周囲の視線を集められるのは慣れている。