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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 出逢った時からソルティーは自分達を対等に扱った。見下さなかった。必ず自分達の事を思慮し、悩みながら答えを捜した彼を、須臾はずっと見てきた。
 要領の悪い奴だと思っていても、それを笑えない位に真剣だった者の気持ちに報いたかった。
 須臾の言葉にハーパーは、とうとう彼から視線を逸らした。
 言い返す言葉が見当たらない。誰よりも判っていた筈のソルティーの心を、短い付き合いの須臾に諭され、言い返そうにもそれを上回る言葉は無かった。
 自分の掲げる思想が間違いだったとは思いたくもないが、現実から目を背けていたのもまた事実だ。
 ソルティーにはもう、王となる時間は無いのだ。
「我が間違いだと……」
 気迫を失ったハーパーの言葉に、須臾はゆっくりとベッドに腰を下ろした。
「間違いとか、間違いじゃないとか、そう言う考えを持つのが抑もの間違いだよ。少なくとも今回の事に関しては、僕はそう思う」
「では我が問う。あの者が主に何を与える事が出来る。何も知らず、主の苦しみも感じる事無くのうのうと……」
「それをソルティーが望んでいるからだよ。ソルティーが恒河沙に望んでいるのは、死んだ自分がもう一度死ぬ姿を見せるんじゃなくて、今生きている自分が死ぬ所だ。ソルティーが欲しいのは、今生きている証だ。見せたいのは必死に勝とうとする姿だ。恒河沙はそれをソルティーに与えてるし、見てもいる。他に何が必要なのさ」
 須臾は膝に着けた肘から上を広げて、感情的になりそうな気分を抑える。
 恒河沙が望む『ずっと』は、二人が死ぬまで。ソルティーの『ずっと』は、彼が死ぬまで。それ故にソルティーが恒河沙に言い続けた『ずっと』と言う言葉は、必ず嘘にしかならない。それが判っていながらも、嘘を言う気持ちは須臾にも判っている。
 恒河沙にしても不安を抱えている。抱えていながらソルティーの言葉を信じようとしている。誰に邪魔をされなければならない程、彼等はいい加減ではない。
――そうじゃなければ笑えるもんか。
「まだ判らない? だったらソルティーの気持ちになって見ろよ」
 片手を胸に宛い、座ったままハーパーの顔を見上げる。
「死んでるんだよ? 国が無くなって、婚約者殺されて、それでもう一度死ぬんだよ? 普通なら絶望する事だよ、僕なら盛大に絶望するね、誰かに支えて欲しいのは当たり前じゃないか。絶対に勝つよって、心から言って欲しかっただけじゃないか。絶対に死なないって思って欲しいだけじゃないか。恒河沙はあんたから見れば、どうしようもない馬鹿な奴かも知れないけど、何も理解していない奴かも知れないけど、彼奴は本当に心からソルティーを信じてるんだよ。誰にも真似できない位に、今のソルティーだけを必要として傍に居る。それを欲しがるソルティーの気持ちが、あんたには理解出来ない?」
「………」
「あんた今までソルティーの何を見てきたんだよ。真剣に今を生きようとしてる彼奴の、何を見てきたんだよ」
「………」
「見てきてたら判る筈じゃないか。彼奴がどれだけ今を大事にしているか、考えなくても見るだけで感じる筈だろ? 此処に伝わるだろ?」
 須臾は胸に当てた手を握り、目を閉じたハーパーに言葉で訴えかける。
 ハーパーの過去を引きずる気持ちは須臾にも判る。しかしそれにばかり縛られるのは、誰の為にも良いとは言えなかった。
 過去は過去。ソルティーはやっとその過去から解放された。
 尊重されるのは過去の幻ではなく、今、そしてこれからの可能性に向かっている。
「ソルティーが今生きるのに必要なのは、きっと恒河沙だよ。生きる為に必要な事を否定する権利は、僕にもあんたにも無いよ。二人の本気、判ってやってよ」
 須臾の願いにハーパーは力無くその場に腰を下ろした。
「我は主の幸福だけを願ってきたのだ。他には要らぬ」
「僕もそうだよ。恒河沙には絶対に幸せになって欲しかった。でも、幸せかそうじゃないかは、その人が感じて、他人には理解出来ないよ。ほんの小さい日常が幸せだと言う人も居るんだよ、僕には判らない幸せなんだ」
「主は幸福なのか」
「そうなんじゃないの? 幸せすぎて……(股間が)苦しいかも……プッ!」
 そう言いながら須臾は突然笑い始めた。
 ベッドに転がり、腹を抱えて笑い続ける彼の姿に、ハーパーは呆然とした。
「そ…それに、ソルティーがあの恒河沙に手を出せる筈がないぃ〜〜〜イヒヒ…」
 今頃悶々とした空気を一人で背負っている男を想像して、須臾は足をばたつかせて笑い続け、絶対に自分の考えは間違っていないと断言する。
 そう言う意味でのソルティーに対する信頼感は、最高だ。
 何をしても首を傾げる相手に対して、無理に手を出す度胸は持っていない筈だ。
 僅かでもそれを感じたなら、こんな事はしなかった。
 あくまでもこの処置は、壁を一枚挟んでも不安を感じてしまう様になってしまった恒河沙に対する須臾の気遣いであって、ソルティーの為ではなかった。
「……お主という輩は……」
 何もかもを計算尽くの須臾にハーパーは頭を抱えた。
 その頃、須臾の予想通りになっているだろう主の事を考えながらも、ハーパーは立ち上がる事も、主をはめた張本人に何かを言うのも止める事にした。
 須臾に言われた事が真実だと認めたから。





「なあソルティ」
「ん?」
 蒼陽の仄かな灯りが木窓の隙間から溢れ、照らされたソルティーの顔を恒河沙は嬉しそうに見つめていた。
「誰か好きになるって、ぽかぽかして良いな」
 恒河沙は枕代わりのソルティーの腕に頬をすり寄せ、彼のシャツを両手で握り締める。身動きする度にフワリと石鹸の匂いがして、何だかいつもよりも良い匂いに感じた。
「ソルティーに会えて良かった。知らなかった事いっぱい知れた」
「そうか。良かったよ」
「うん」
「さあ、もう寝た方がいい」
 顔に掛かってる恒河沙のまだ少し湿った髪を指で払いながら言えば、興奮気味の声が返された。
「なんかどきどきして寝られない」
「どきどきって、一緒に寝るのは初めてでもないだろ」
 恒河沙が眠れない等と珍しいと思うが、正直早く寝て欲しいのがソルティーの本音である。
 身動ぎする度、呼吸をする度、触れ合っている場所から確かな温もりが伝わって、恒河沙とは違う意味の興奮を抑え込むのが大変なのだから。
「だけど、どきどきする。もっともっとソルティーとべったりしたい」
「恒?!」
 急に恒河沙の手がシャツを放してスルッと中へと入れられた。
 しかし驚くソルティーを余所に、直接触れた手の感触に彼は首を傾げる。
「あれ? なんか違う……なんで?」
「聞きたいのは私の方だ」
 すんなりと手を引っ込めたが、疑問からか握って開くを繰り返してもいる。恒河沙の感覚は彼独特すぎて、こればかりはソルティーもお手上げだ。
「なんでだろ。手をぎゅってされてた時とか、もっとすっごくソルティーが近くにいるような気がしたんだ。なんかソルティーと一つになったみたいな、なんか……なんだろ、もっとずっと……体の中が一緒くたっぽいの」
「恒河沙……」
 思いがけずに告げられた言葉に、ソルティーは胸の奥を締め付けられた。
――そうか、そういう事か……。