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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 聞く耳を持たないハーパーは扉に手を掛けたが、その瞬間彼の面した扉を含めて壁が一瞬青白い光を放った。
 ハーパーは須臾に振り向き、怒りの伺える瞳を向ける。
「お主の仕業か。今直ぐ解呪せよ!」
「行かせないって言った筈だよね、邪魔出来るもんならやってみれば? 言っとくけど、僕はソルティーと違って、聞き分けの良い可愛い性格してないよ」
「――ッ!」
 相変わらず調子の良さを感じさせる笑みを浮かべ、寝そべったままの須臾に、ハーパーは両手を握り締めた。
 ハーパーの属性だけでは到底解呪出来ない封印が、僅かな隙間も無く張り巡らされている。時折小さく弾ける音が部屋の端々で起こり、飽和した力が行き場を捜す気配が取り囲んでもいた。
「何故主を焚き付ける。主もあの者も男子。これは禁忌に他ならぬ悪ぞ!」
 ハーパーの怒号が部屋に響き、須臾は煩そうに耳を押さえながら、嫌々体を起こしてベッドの縁に腰掛けた。
「だからどうしたって言う訳? 禁忌を犯したからどうなる訳? 天罰でも下るのかな? それは見てみたいよね」
「何を気軽に構えて居る。お主は他人事やも知れぬが、我は…」
「あんたも他人だよ。あんたも僕もソルティーや恒河沙じゃない。気軽だろうが重かろうが、他人だ」
 須臾はハーパーの言葉を無理に遮り、冷たい視線を彼にぶつけた。
「禁忌を見過ごす訳にはいかぬっ!」
「禁忌だろうが何だろうが、惚れてる奴等が一緒になって何処が悪いっ!?」
 分からず屋を見下す様な須臾の視線が、更にハーパーに怒りを募らせる。
 ハーパーはこのままでは埒が明かない感じたのか、須臾の前まで移動すると、彼の胸倉を大きな手で掴み体を持ち上げた。
「下賤の輩が主に相応しい筈が無かろうっ!!」
 吐き出された言葉に須臾は笑みを濃くした。
「へえ、それがあんたの本音なんだ」
 怒りで震えるハーパーを真っ直ぐに睨み付ける。
「ご主人様の手前言えないよね。でもそれがあんたの本心な訳だ。禁忌だ何だと大層な事を言っても、本音ではただ彼奴の素性が気に入らないだけだ。遊ぶ位は目を瞑るけど、それ以上は家柄とか血筋って訳。そう言う本音、ソルティーはどう思うかな?」
「…………」
「口ではどう言っても、結局あんたが大事なのは、ソルティーって言う殻だった訳だよ。彼奴の中身なんてどうでも良いんだ」
「違うっ!」
「違わないっ! ソルティーは本気で彼奴に惚れてる。恒河沙だってそうだ。本気の奴等を地位や訳の判らない禁忌なんかで、反対するのは間違ってるっ!」
「お主に何が判ると申すのだ。ソルティアス様は我が幼き時よりお育てした、何物にも代え難き人ぞ。そう易々と認める訳にはゆかぬっ!」
「いい加減自由にしてやれよっ!」
 須臾の叫びに同調した力がハーパーの腕を弾き、漸く締め付ける力から解放された。
 それを皮切りに、息苦しさの残る首を撫でさすりながら怒りを堪えるのを止めた。
「どうしてソルティーを自由にしてやらない。どうして彼奴の本気を判ってやらない。死ぬのが判ってても、彼奴は彼奴なりに真剣に生きようとしているのに、どうしてそれを認められないんだっ!!」
 須臾の言葉にハーパーは息を飲んだ。
「知って…居ったのか…」
 まさかソルティーが話すとは思っていなかったハーパーの心からの戸惑いだ。
「ああ、ソルティーから教えて貰った」
「信じるのか」
 ある意味信じて欲しいとは思っていないハーパーの言葉に、須臾は眼差しの鋭さを増した。
「信じたくなかったよ! でも今までソルティーは嘘は絶対に言わなかったっ! 彼奴は嘘を言わずに隠すだけだっ! 絶対に言えないからと真剣に言う奴だっ!!」
 だから戯れ言だと思いたいのに、思えなかった。信じたくない事を、須臾は嫌でも信じなければならなかった。
 そして現実に食事を必要としない彼を見てしまった。これ以上の、現実を突き付ける行為はなかった。
 彼にとっては、普通の営みが肉体の狂いを増加させるだけにしかならず、彼を動かしているのは本当に彼に植え付けられた契約だけ。それでも彼が前を向いて進もうとしている姿を見て、恒河沙の為だと嬉しそうに笑うのを見て、禁忌等どうでも良くなった。
「彼奴は頑張ってるだろ? 頑張って頑張って頑張って、どうにもならない事に立ち向かおうとしてるんだ。惚れた子が幸せに暮らせる世界にしたいからって、泣きそうな顔隠して頑張ってんだよっ! そんな単純な事に、性別とか地位とか掟とか、全然関係ないじゃないかっ!!」
 両手を握り締め、感情の高ぶるままに須臾は言葉にした。それからハーパーから目を反らす様に俯き、肩で息を切らした。
 須臾の伝わらない憤りが、そのまま部屋に渦巻く精霊達に、怒りと悲しみを抱かせる。契約した精霊達は、須臾の感情を受け流す事は出来ない。彼が普段から感情を表立って表さない理由が、此処にあった。
「彼奴は恒河沙と居る時だけは、心底嬉しそうに笑うんだよ。あんたが考えた事、考えない奴じゃないよ。それでも考えて、考え尽くして答えを出したんだ。恒河沙と居る残り時間を選んだんだっ! それをどうにかする権利が、あんたに有るのかよ」
 須臾はハーパーに片手を差し出し、彼を真剣に見上げた。
「有るなら出してよ。僕に見せてみろよ。そんなちっぽけな物、僕が粉々にぶっ壊してやるからさっ!!」
 それが喩え形の存在しない物であってもそうする。禁忌に触れる行いであっても、気持ちの伴わない事が許されるなんて思いたくない。
 二人が傷付くだけの別れなんて、在ってはならない筈だ。
 自分が感情の伴わない罪の子供であるからこそ、須臾は心からの叫びを口にした。
「さあっ!」
 言葉を失ったハーパーに須臾は自分の納得出来ない権利を求め、ハーパーはそれに答えられなかった。
「我は……」
 何処かで歪んでいた忠誠心。
 過去から続けられてきたから正しいのではなく、新たな答えを出してく事をソルティーから学んだからこそ、彼に忠誠を示したというのに、いつの間にかまた元に戻っていた。
 知り尽くしていた結果を、ハーパーは根底では否定していた。
 在るはずがないと、ソルティーは今でも生きているのだと、信じたいから否定した。間違いだと判っていながら、目の前で死を確認できなかった分、余計に過去と現在が複雑に混じり合っていた。
「あんたが大事なのは誰だよ。あんたの言う事だけを聞く操り人形なのか、それとも、自分の意志で頑張ってる彼奴なのか」
「それは……」
「今の彼奴はいい男じゃないか、国とか王様とか、そう言うの関係なくいい男だろ。彼奴が作る国なら、僕だって住んでみたい。だけど、そんな事出来ないんだよね。だったらさ、一寸位羽目外したって良いじゃないか。大目に見られない位、彼奴は情けない男じゃないだろ」
 ハーパーに突き出した腕を降ろし、須臾はまた俯いた。
「僕はソルティーと約束した。彼奴の死に様を見てやると約束した。禁忌に触れようと、あんたに認められない彼奴でも、僕は彼奴に出逢った事を必ず誇りに思う」
「………」
「惚れた奴を真剣に想っている彼奴を、僕は決して愚かだと思わないっ!」