刻の流狼第四部 カリスアル編【完】
全員の手が一斉に挙がり、全員が同時に溜息を吐いた。
もういい加減飽きてきたのだ。
此処に来るまでも、続けざまに崖が崩れて通行不能だったり、同じように橋が落とされていたりして、遠回りと言うか、明らかな進路妨害と言うか、そう言う事で誰かが邪魔をしているのは判る。
別に道を塞がれても橋を落とされても、運搬役のハーパーが居るのだから痛くも痒くもないし、寧ろハーパーに乗って飛べる口実が出来て恒河沙は嬉しい限りだ。
しかし街道を塞がれては、関係の無い者に迷惑が掛かる。
「もうそろそろ出てこないかなぁ?」
何を目的にそうしているのか判らない分、余計にいらいらしてしまう。
「まあ仕方がない。今回もハーパーに頼む」
「御意」
「よっしゃぁ」
到着場所が離れていれば離れている程嬉しい恒河沙は、大喜びで飛び跳ねた。その彼の鞄には、大きな兎のぬいぐるみが、つたない縫い目で付けられていた。
「さて、次は……、この道を下るだけか」
ソルティーは歩きながら地図で次の村を確かめ、其処までの道のりを頭に入れる。
「おっきい?」
「そこそこ」
地図から目を離さずに恒河沙の質問に答え、ほぼ直線で繋がっている村までの距離を測る。
「どれくらい?」
「二日も有れば着く筈だ。ハーパー、先に行って様子を見てきてくれないか」
「御意」
ソルティーの急な要請にハーパーは一言で同意し、翼を広げると同時に飛び立った。
それに首を傾げたのは須臾だ。
ソルティーがハーパーを先兵にするのはそう多くない。決してハーパーを便利には使わないのが、今までの旅でよく判っていた。
「何かあるの?」
「あれば困ると思ったからだ。これを見ろ」
ソルティーは立ち止まると持っていた地図を須臾にも見せる。
地図の上には沢山の印がソルティーの手によって書き込まれていた。総て最近の落盤や橋の崩落場所だ。
「迂回させようとしていると初めは考えたんだが、どう見ても他に相手が誘い込もうとしている適当な場所が見当たらない。なら、時間稼ぎをしているとしか思えない」
「あ、成る程。確かにこの三日ほどの妨害は増えてるね」
この程度を妨害とするには些か単純だが、須臾の指摘する通りに、ソルティーの記した場所の間隔は狭くなる一方だった。
「頭の悪い奴ではない事を祈るが」
この間隔が示すのは、村で何か用意をしていますと言う事だ。
「ソルティーのこう言う時の勘って外れないんだよ」
「なになに? どう言うこと?」
須臾は地図の下で仲間に加わろうとする恒河沙を見下ろして、盛大に溜息を吐いた。
「向こうの頭がお前並なら、次の村でお前は食事が出来ないと言う事だよ」
「ええーーーーーーーーーーっっ!!!」
「叫ぶと余分な体力を使うよ」
須臾は絶望感漂う恒河沙を窘め、既に歩き出していたソルティーの後を追った。
この半日後にハーパーの持ち帰った情報は、相手の頭の悪さを感じさせる結果だった。
つい最近まで人の住んでいた気配の残る家が並ぶ其処には、ハーパーの持ち帰った話し通りに誰も居なかった。
慌てて逃げ出した。そんな雰囲気が、開け放たれたままの扉の中から伺える。
「あう〜〜〜」
恒河沙は脱力感に苛まれた体を須臾に引きずられ、村の状況を見渡し歩く。
「主、如何成されるのか?」
「この様子なら誰も殺されてはいない筈だが、この荒らされ方は普通じゃない」
ソルティーはハーパーと共に民家の中を見渡しながら、壁に残された無数の穴を指でなぞる。
どの家も窓や扉が砕かれ、酷い所になると壁も崩れ落ちていた。どれも真新しい破壊の爪痕だが、血が流れた形跡は皆無だ。
「どう見ても我には此処が罠としか思えぬ」
「私もそうだよ、他にあるなら聞いてみたい。此処は私達を招き入れる為の場所だろう」
部屋の奥へ進み、床に転がる子供の玩具を拾う。
「問題は此処で罠に填ってやらない事には、相手が同じ事を繰り返す事だ」
家具の上に玩具を置くソルティーの口には、ハーパーが呆れる程の楽しそうな笑みが刻まれていた。
この廃村を見てもソルティーには罪悪感を感じていない。それどころかわざわざ用意までしているこの馬鹿馬鹿しい罠を、心待ちにしていたとハーパーには伝わっていた。
――我等さえこの地を通らずにおれば、何もこの様な事にはならぬと言うのに。
出来れば何の関わり合いのない者を巻き込みたくない。何時ものソルティーなら、口先でどう言ってもそうしてきた。
それが今回は、随分と前から判っていた筈の罠に、自分から入り込んでいる。
しかも罠が村だと知っていながら。
「ハーパー、何か言う事が有るなら言ってくれないか」
ソルティーは作りつけの戸棚を勝手に開き、中を覗き込みながら後ろのハーパーに話を投げる。
「我には主が態とこの村の者を犠牲にしたとしか思えぬ。我等さえ早くに道を変えておれば、この様な仕打ちをこの村の者達に与えぬで済んだであろうに」
今更言っても結果論だが、言っても良いと許可がでるならと、ハーパーは滑らかに言葉を綴った。
ソルティーは彼の言葉を一応耳に入れながら次の棚を開け、「やっぱり」と呟き、くどくどと語り続ける彼を手招いた。
「食料が一つもない」
空っぽの棚を見つめながら腕を組んで真剣に言えば、ハーパーは頭を痛めた。
「主、我等は盗人と違いますぞ。如何にあの者が腹を空かせて居っても、それはしてはならぬ事では御座いませぬか」
「いや、違うんだ」
「何処が違うと申しますのか」
「だから、変だと思わないか? 慌てて逃げたのなら、もっと家の中は雑然としている筈だろう? それに、家具も在るし衣服や生活道具も残っているが、食料だけが綺麗に無い」
この言葉からソルティーが勝手に物色していたのではなく、答えを捜す為の作業をしていたと知って、ハーパーはほっとした。
まあソルティーの本音を言えば、恒河沙の為にも幾らかの食料が残っていて欲しかったのもあるが。
この村を捨てるつもりで逃げ出したので在れば、食料だけもって逃げる筈がない。
持ち出せるだけの食料を持って出たのは、逃げたと言うよりも退避しているのだと結論を出した。
「お前の言う通り原因は私に違いないが、少なくとも相手を倒せばこの村の人は、直ぐにでも帰ってくるだろう。それに、この村の人には悪いが、この村が一番小さいんだ。街でこうされるよりは遙かにましだ」
人気のない街道で襲うつもりなら、今までに幾らでも打って付けの場所はあった。
敵がどういう手で仕掛けてくるかは判らないが、街や村と言った場所を目的に選んでいるのなら、その中でも一番被害が少なそうな場所に決めるべきだろう。
しかも街と村との違いは、人口の大小だけではない。大きな街は予め災禍の起こりにくい場所に作られているが、酪農や農業をするに必要な土地を求めて作られた村は、元々災禍が起きた時を予想している。
村に生きる者達は退避の仕方を身に付け、避難する場所も決めている事が多いのだ。
「しかし何時現れると判らぬ者を待つのでは」
「そう待つ必要は無いだ――」
「うっぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
遠くで放たれた叫び声に二人は同時に外に向かった。
作品名:刻の流狼第四部 カリスアル編【完】 作家名:へぐい