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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 そっと恒河沙の腕を肩から退け、自嘲の笑みを浮かべる。
「精霊も成長しますし、死もありますわ。理の力の循環が精霊にも人にも在ります。しかし私はその輪から外れた私と言う個体。このままの姿で生き続けるのではなく、存在し続けるだけの、後も先も存在しません」
「………」
「ですから、そうですわね。こんな私ですもの、喩え貴方でなくとも私では誰にも勝つことは出来ませんわね」
 諦めとも取れる言葉の反面、諦めきれない本心も見え隠れする。
 彼女が彼女である時から、疑問をずっと抱えてきた。――自ら卑下するこの身を構成するのに、何故心が必要なのか。――狂おしいこの感情は確かに今の現実であるのに、自分は此処には存在しない。絶えずこの矛盾が胸の何処かに存在する。
 だから同じ矛盾を抱える男を見た時、一瞬で心を奪われた。
 初めて自分と同じ苦しみを持つ男に出逢った。この男なら自分の狂いを理解出来ると感じた。
――結局は傷の舐め合い。理解し合う事は出来ても、求め合う、与え合う事は出来なかった。
 自己矛盾を絶えず持ち続けるミルナリスに、与えられた役目を放棄する事は、支えを失う事。自己崩壊する事だ。
「もっと勝ち誇って戴けませんか。私が居なくなって清々したと、そんな顔をして下さい」
 同情なんかされたくない。特に恒河沙には理解して欲しくもない。
 どんなに頑張っても報われなかった自分を、馬鹿にして貰った方がこれからの事を楽に思えた。
 そんな事を彼に出来る筈がないと知っているから、余計にそうして欲しかった。
「どうして、ミルナリスは此処に居るのに、どうしてそんな事言うんだよ」
 幾ら話を聞いても理解できなければ同じで、彼女を嫌いなのも変わりはない。けれど彼女の言葉は悲しすぎた。
 此処に居る自分と彼女に、どれだけの差が在るのかも判らない。だからこそ好きになる事を諦めている彼女が、理解出来なくても可哀想だった。
 嫌いだったけど、居なくなれとは思えなかった。
「居ても良いじゃんか。ずっと一緒に居ようよ…」
 ただの別れではなく、二度と現れないと言われたのが納得できない。
 自分なら嫌われても好きな人の傍に居たい。居なければ何も出来ない。
 勝つとか負けるとかの問題じゃなくて、自分がどうしたかだけが重要なのに、ミルナリスがそうしないのが恒河沙には受け入れられなかった。
「ですから馬鹿は嫌いなのですわ。私にそれ程見せ付けたいのですか?」
「そうじゃなくって、俺はただ」
 苛立ちを現すミルナリスに、恒河沙はなんとか自分の気持ちが判って欲しくて、言葉を重ねようとするが、彼女の厳しい眼差しがそれを許さなかった。
「私に子供の理屈を押し付けないで戴きたいわ。――あの方は貴方だけを選んだの。私は選んでは戴けなかった。選ばれなかった私が、どうして何時までも大嫌いな貴方を見続けなくてはならないのですか? それがどれ程辛い事か、頭の悪い貴方でもお判りになれると思っていたのですが、無理なのでしょうか?」
 ミルナリスの吐き捨てる言葉に、恒河沙は唇を噛む。
 何を言っても彼女には通じないのが悔しくて、彼女を此処まで言わせているのが自分だと思うと情けなくて仕方がない。
 多分、自分がミルナリスを羨んでいた以上に、彼女が自分を羨んでいた。
 そうとも知らずに、ずっと自分だけさえと思っていた。それは彼女も同じだったろうが、こんな勝ちの譲られ方だけは想像もしていなかった。
――やっぱり俺、馬鹿だ……。
 自分よりもソルティーの事を好きだと言っているのに、傍に居る事を辛いと言う。
 判るのは、好きな人の傍に居れない辛さだけだ。
「私はソルティーが好き。それだけは誰にも負けませんわ。それでも貴方に負けを認める事を、その微量の頭で考えて戴きたいわ」
 少しいつものミルナリスの言葉に戻り、恒河沙は素直に頷いた。
 可哀想な彼女の言葉に少しでも応えたかった。
「貴方が貴方で居る事の大切さ、それが貴方とソルティーを繋ぐ事でもあるのですから」
「……俺が俺?」
「ええ、今の恒河沙。他には必要ではありませんわ。………はぁ、どうして私ってば恋敵に助言をしているのかしら。馬鹿馬鹿しい」
 ミルナリスは盛大に溜息を吐き出し肩を落とした。
 同情されたくないのに、平気でそうする恒河沙を見ていると、辛辣な言葉を並べる自分が馬鹿に思えた。しかも自分が本当に言いたい事は、彼には理解出来ない難しい事なのだから、真面目に言い募る事も出来やしない。
――馬鹿な子ほど可愛いなんて、それこそ卑怯ですわ。
 ミルナリスの言葉に、首を傾げながら考えようとする恒河沙を見上げ、もう一度大きな溜息を吐いた後、恒河沙に向かって小さな指を突き出した。
「良いですか、忘れないで下さいませ。ソルティーが選んだのは、“今の貴方”ですわ。他の誰でもなく、大馬鹿であろうが、大間抜けであろうが、底無し胃袋大王であろうが、貴方なのですわ。それがソルティーの選んだ貴方なの。絶対に、それだけは忘れないで」
――底が無かったら、食べた奴落ちちゃうじゃん。
「判りましたか?」
「……あぅ」
 気迫宿るミルナリスに恒河沙が頷くと、突き出された指は下ろされた。
――後は、貴方の心が主を退かせられるかで決まる。
「では私そろそろお暇させていただきますわ。これでソルティーに会うと、別れ難くなりますものね」
 自分を決起させる様に態と元気に振る舞うミルナリスの腕を、咄嗟に恒河沙は掴んだ。
「ほんとに行っちゃうのか? 絶対会えないの?」
 泣きそうな顔で引き留める恒河沙に、ミルナリスは初めて戸惑いを彼に見せた。一瞬だったが。
 腕を掴む手にそっと触れ、これからの可能性に言葉を託す。
「……そうですわね、貴方が貴方として存在し続ける事がもしも出来ましたら、その時は貴方と再会するかも知れませんわ」
――しかしその時にソルティーは居ない。あまり意味の無い再会ですわね。
 これからを決めるのは恒河沙自身。
 彼が彼であるこれからを願うのは、ソルティーの願望であり、ミルナリスの希望でもある。
 自分達に出来なかった事を出来るのは、神の計算尽くの彼ではなく、今の彼でしかないのだ。
 そして、そんな彼との喧嘩が、振り返ってみれば楽しかった。
「では、本当にこれで。ソルティーを助けて下さいね」
 少しだけ寂しそうに微笑んで、ミルナリスは静かに消えた。
「ミルナリ……ス…」
 掴んでいた筈の腕の感触が消え、彼女の気配は何処からも失われた。
 どことなく呆気ない別れに、恒河沙は呆然と掴んでいた手を見つめた。
「……勝手じゃんかぁ」
 難しい事や偉そうな事、嫌味もいっぱい言い続けて、最後は自分で考えなさい。
 自分達を引っかき回して、辛くなるから別れるなんて勝手以外に言いようがない。
「ミルナリスの……馬鹿…くそ婆…ずるっこぉ」
 そう言えば何処からかまた文句を言いに来るかと思ったのに、何時まで待っても現れてくれない。
 今はまだ考えつくほど頭は良くないが、これから先一緒に居れば、話せる事だって出てくるかも知れない。一緒にいれば喧嘩以外にも二人で出来る事が、何時かは見付かるかも知れないのに、勝手に一人で決めて行くのは、勝手だし卑怯だ。