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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 自分よりも長い年月を苦しんできた彼を、自分の為に傷付けるのだけは許される行為ではない。
 ただハーパーも思いは同じだ。
《ワァの役目は、ソルティアス様を嫌いだと言う輩を叱る事ですぞ。その役目だけは、誰にも渡せぬ。それともソルティアス様は、もうワァの事をお嫌いになられたのか》
《大好きだよ、ワァの事が大好きだ。ずっとずっと…ワァは私の誇りだ》
《ならば、お傍に置いてくだされ。ワァの生き甲斐は、主に小言を言う事ですぞ? それをお奪いになられるのか? それは少々酷な御言葉では御座らぬか》
 冗談めかした子供に言い聞かせる言葉に、溢れんばかりの愛情が宿る。
 出逢った頃は余りにも小さく壊してしまいそうだった体が、今では大きくなり自分の手を必要とはしない。それは悲しい事だと思う。
 しかし、まだこの腕にある。失った大切な存在が、この腕の中にある。
《我の主はソルティー・グルーナ様、唯御一人。唯一無二の主に、我もまた唯一無二。我は離れませぬぞ、何が在ろうと、何と言われましょうと、我はソルティー様の唯一無二の家臣なれば》
 色褪せない思い出の中で嘗て交わした誓いを、ハーパーはもう一度口にする。
 どんな事が在ろうと、変わる事のない気持ちは何時までも二人の誇りだと信じながら。
《我はこの身朽ちるまで、我が主の家臣。我の三つの名は、永久にこの身に刻まれた誓い。何事が在ろうと、滅びませぬ》
《ハーパー……》
 胸が締め付けられる。
 親であり、師であり、そして友である者の言葉のどれ程重い事か。
《甘えては下さらぬか。ワァは主一人をそのお気持ちごと支えられぬ者ではない》
《……ワァ……》
 承諾を含む名にハーパーは深く頷いた。
 思い描いた結末ではなくとも、その言葉だけで充分だと思う。
『ぼく、ワァとおなじになりたい』
 全てを捨て、全てを得ようとした原点。
 ハーパーと言う名ではなくて、物心着く前の名前が総てだった。



 帰ってきた二人を出迎えたのは、目を吊り上がらせたミルナリスと須臾だ。ソルティーを捕まえ、違った意味で自分達にも何かくれと言う。
 そんな二人を軽くあしらうソルティーからハーパーは離れ、誰も居ないからと荷物の中から取り出した非常食に舌鼓を打つ恒河沙の横に腰を下ろした。
 恒河沙は久しぶりにハーパーに間近で見下ろされ、表情を無意識に強張らせる。
「お主は主の事を好きか?」
 その言葉に、恒河沙は食べようとしていた物を地面に落とした。
 だが聞かれた事には直ぐに答えた。
「好きだよ」
「どの様に」
「どの様にって……そんなの俺、判んない」
「判らぬ?」
 訝しがるハーパーから恒河沙は目を離し、地面に落ちた食べ物を拾う。
 何度か叩いて砂を落としてから、小さく千切って口の中に放り込み、それを飲み込むまでは少し考えている様子ではあったが、答えはいつもの恒河沙らしい内容だった。
「だって、ソルティーみたいに好きになったの初めてだもん。どんな風にって言われても判んない」
 やっとハーパーから話しかけられたのだから、少しはまともな答えを出したかったが、判らない物は判らない。
 そんな素直なだけの言葉を、恒河沙は続けた。
「好きって色々あるんだろ? ソルティーはそう言ってた。俺の好きとソルティーの好きは違うって。でも俺の好きは一つだし、好きだと思うけど好きって物みたいに触れないから形とか判んなくて、ソルティーと俺の好きがどう違うのかも判んない」
 未だに答えが出ない。言葉にした事は思っている通りだとしても、それがどんな意味なのかは判らない。心がそう言うからそれに従っているだけなのに、それだけではいけないのだと言われているようで、考えれば考えるだけ頭が痛い。
 他人が当たり前だと思う事を恒河沙は知らないし、知りたいとも思わない。
 それでもハーパーは、嫌いではないから好きだと言っていた恒河沙の変化に目を細め、言葉を変えて彼にもう一度聞いた。
「では、主をどの様に想っている?」
「だから好きだって」
 ハーパーの恒河沙にとっては遠回しな言い方に、彼を見上げてそう言い募る。他に言い方は無いのだと言葉にする。
 そんな恒河沙の胸には、紫色の石が揺れる。
「これより先、主とどうするつもりだ」
「どうするって……傍に居る。ソルティーが俺なんか要らないって言うまで傍に居るって約束した」
「何時までも主の傍に居られると思っているのか」
 ハーパーの現実を貫く言葉に恒河沙は目を見開く。そして紫の石を握り締めた。
「知ってる。ソルティーは偉い人なんだろ?」
 だから今しかない無いのだと言う恒河沙に、ハーパーは顔を背けた。
《我はその様な事を言っているのではない》
 仕事の別れでは済まない。待ち受けている別れは永遠だ。自分の様にその時の準備を恒河沙はしていない。
 この先に在る現実は、ハーパーよりも寧ろ恒河沙の方が辛い事になるだろう。
 安寧の時は短く、苦しみを知る者に別れを告げ、片や知らぬ者を離せずにいる。矛盾ではあるが、それだけの思いなのだろうと感じる事は出来た。
「ハーパー?」
 急に言葉を変えたハーパーに恒河沙は戸惑う。
 一言ソルティーは死にに行くのだと教えれば、恒河沙は間違いなく自分よりも影響力のある言葉で、この旅を止めるように言うだろう。もしかすると、それによって引き留める事が出来るかも知れない。
 しかしハーパーには言えず、恐らくソルティーは恒河沙の言葉にも従わない。
――戦いに行くのであれば……。
 仮にそうであるなら、生きる術を見いだせる。
 だがそれは用意されていない。確定された死は既に行われている。

『だから私は今でも此処にいる』

 ソルティー自身が語った言葉が全てを表している。
 今にして思えば、絶対者達がソルティーをわざわざ旅の必要な場所に送り出したのか、判る様な気がした。
 ただの道具とするならソルティーの意思など必要ではない。目的を遂行するためだけの人形として扱い、目的の場所に向かわせるだけで良い。悩みや躊躇いを感じる暇も与えず、目的だけを遂行させるだけの力を彼らは有していた。
 彼等に無かったのはたった一つ、扉を開ける鍵だけなのだから。
 そう、逃げ道は用意されていたのだ。
 本来在るべき道ではないにしても、選べなかったのではなく、選ばなかっただけの問題だ。選択する権利は何時も人の身に存在し、ソルティーは自分の意志で今この道を選んできた。
 そして今を幸せだと言った。
 ハーパーは恒河沙にもう一度顔を向け、これから先を全く予想もしていない、一片の不安も抱いていない子供に最後の問い掛けをした。
「主を護れるか。これより先、何が在ろうと、主を護る事が出来るか」
「するっ! 俺、ソルティーの為なら何だって出来る。俺の全部使っても、ソルティーを護る」
 ハーパーにはその言葉が、必ず最後には叶えられない言葉に聞こえた。
 恒河沙がどんなに頑張っても、一度死んだ者は生き返りはしない。
 しかし、もしほんの一欠片でも希望が残されているのなら、それに賭けてみるしかない。
 ハーパーは恒河沙の目を見て、大きく頷いた。