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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「い……嫌よ。グリークを見捨てたのは貴方達でしょ!」
 魔族の出現にバルバラはグリークを護るように四本の腕で抱え込み、憎しみを込めた眼差しでミルナリスを睨み付けた。
「そうですわね。ですが今の状態では、グリークの命は持ちこたえる事が出来ませんわ。私が責任を持って精神世界に連れて行きます」
「誰がそんな言葉を」
「信じて下さい。――私は、ミルナリスです。グリークから聞いた事がありませんでしょうか?」
 グリークを護る腕にミルナリスはそっと手を触れさせ、哀しさを感じさせる微笑みを浮かべた。
「貴方が……」
「はい。私は決して仲間を裏切りません。一人でも多くの仲間を助けたい。ですからお願いです、グリークを私に」
 バルバラは、もう一度差し出されたミルナリスの手を戸惑いながら見つめ、それでも須臾が頷くとグリークを彼女に渡した。
「ありがとうございます。必ずこの命を助けます」
 そう言い残し、ミルナリスは現れた時と同様に一瞬で姿を消した。
「グリーク……ごめんなさい…」
 世界の片隅で消える恐怖に震えていた“塊”にマントを与えたのは、それが自分と重なってしまったからだった。
 辛く当たれば近寄らないと思っていた。
 なのにグリークは、どんな仕打ちを受けてもバルバラから離れようとしなかった。
 何処かで自分の本心を気が付いていたのかも知れないが、それは今になってみれば言い訳に過ぎない。
 純粋な心を持つ精霊。その心がバルバラには辛すぎた存在だった。
「ごめんなさい……」
「リタ……帰ろう……」
 須臾が優しく肩を抱き、遠目で此方を見ていたソルティー達に向かって手を振る。
 ソルティーは須臾の合図に頷いて、何も言わずに街の方へ歩き出し、恒河沙がその後を追った。





 翌日は朝から大変な目にあったのは、当たり前だがソルティーだ。
 グリークの攻撃に破壊された部屋の弁償は勿論、怒り心頭の宿屋の主人にひたすら頭を下げるのを終わらすと、追い出される様に宿を引き払った。
 他の宿を借りようにも、危険人物扱いされては何処も彼等を受け入れるはずもなく、仕方無しにリタの部屋に転がり込む羽目となったのは、仕方がないだろう。
「何だよ一寸くらい部屋を壊した位で」
 事情を知らない主人が、頭ごなしにソルティーを怒鳴り散らしたのが気に食わない恒河沙は、リタの部屋に来てからも、ずっとそればっかりを言い続けた。
 しかし事情を知っていても、部屋を暫く使い物に出来なくしてしまったのだ、普通は怒るだろう。
「あの…ごめんなさい……」
 それが自分の所為だと思うリタは、恒河沙に料理を運びながら何度も謝る。
「……? 姉ちゃん関係ないじゃん。俺が腹立つのはあのおっさん。鼻の穴が小さいったらありゃしない」
「鼻の穴……?」
「違ったっけ? 耳の穴? えっと口の穴だったっけ?」
「ケツの穴だろ、まったく」
 恒河沙の頭からバルバラの事は、すっかり綺麗に抜け落ちていた。
 今のリタは、美味しい料理を食べさせてくれる、優しいお姉さんでしかない。美味しい料理を造れる人に悪い人は居ない、と言うのが、恒河沙の腹がもたらした結論だ。
「でも……」
「リタァ、こいつの言う事に一々反応してたら馬鹿が移っちゃうよ」
 部屋に来てからきちんと切り揃えた須庚の髪はかなり短くなり、随分と印象を変えてしまった。
 頬にはまだ痛々しい傷が深く残っていたが、本人は気にしていない。それにすっぱりと綺麗に切った傷だから、既に癒着は済ませ時間が経てば消えてしまうだろう。
「誰が馬鹿だよ!」
「お前。大馬鹿大王恒河沙!」
 びしっと恒河沙の鼻先に指を突き付け、須臾は勝ち誇った様な笑みを見せる。
 幾ら外見が変わっても、中身までは変わらない。いや寧ろ、理想の女性を手に入れた事で、調子がかなり良くなっていた。
「何だとぉぉぉっ!!」
 丁度食べ終わった恒河沙は、テーブルを蹴倒す勢いで立ち上がり、更に舌を出して挑発する須臾に飛び掛かる。
「ばーか馬鹿馬鹿、大馬鹿ぁ〜」
「てめぇ待ちやがれっ!!」
 喧嘩するにはやや手狭な部屋を走り回り、須臾は恒河沙をからかい続ける。
 それをソルティーは壁の隅で呆れながら見つめる。
「あの……ごめんなさい」
 リタはソルティーの側に非難がてらに近寄り、本日何度目かの謝罪を口にした。
 変わったのは須臾だけではなかった。
 リタも出逢った頃の彼女ではない。
 本来の彼女の姿がこうであったのか、それとも須臾が彼女を変えたのかは、須臾曰く女心の判らないソルティーには、やっぱり判らない。
 それでも今の彼女の方が数倍彼女を魅力的にし、且つ好感が持てる。それで充分だ。
「良いさ。事情は人それぞれだ。肝心なのは結果だろう?」
「……ありがとう」
 須臾がしつこい程の一念でもぎ取った結果は、確かに良い結果になったとソルティーは思う。だから取り立てて彼女を責めるつもりは無い。
――須臾が彼女と出逢わなければ、こうはならなかったんだ。運命も馬鹿には出来ないな。
 ソルティーが気兼ねない笑みをリタに向けると、彼女も微笑んでそれに応えた。
「あああっ!! ソルティーッてめぇ人の嫁さんに何愛想振りまいてんだよっ!!」
 しがみつく恒河沙を引きずりながらソルティーの前まで来ると、リタの体を自分の方へ移動させる。
「油断も隙もないよ、ったく」
「須臾……」
 須臾に抱き締められリタは真っ赤になって彼を見つめた。
「須臾、手、放して」
 しっかり握られているのは胸だった。
 初めから其処が目的で腕を伸ばしたのだ、リタに言われたからと言ってそう簡単に放す筈がない。
「やだね」
 人目も憚らない行為に、須臾は恥ずかしがるリタの胸に、更に指の動きも追加する。
 それを彼女が恥ずかしがる事はあっても嫌がる事がないのだから、見せつけられる方は居心地が悪くなるのは当然だろう。
「恒河沙、散歩でも行こうか」
 須臾の当て付けに頭を抱えながら、ソルティーはさっさと部屋を出る事に決めた。こういう場合は、言われる前に出るのが妥当な答えだ。
「え? あ…うん」
 何の事だか判らない恒河沙は、理解出来ないままソルティーを追い掛け、
「おう、夜まで帰ってこなくて良いからね」
「須臾?!」
 リタを抱き締めたまま須臾は二人に手を振ると、扉が閉まるのを待って嬉しそうに彼女を抱え上げた。
 勿論、始めの口付けをする為に。


episode.33 fin