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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「それでも僕はリタが好きだ。言ったじゃないか、僕は君の全部を知りたい位に君が好きだって。その姿が君なんだろ? だったらどうして、僕がそれを嫌いにならなくちゃならないんだよ」
 手を伸ばしながら須臾は微笑む。
「リタ、もう止めよう」
「近寄るなっ! 私はリタじゃないっ、バルバラだっ! 貴様など知らぬっ! 私を動かせるのはアガシャだけしか居ないっ!」
 まるで縋るような叫びに接して、漸く須庚の足が止まった。
「やっぱり阿河沙なんだ……」
 彼女を使っている者の存在であり、恒河沙の父。
 そのどちらの答えにしても、須庚には浮かんでくる憤りを隠さなかった。
「そうだ! 私を認め、私をあの忌まわしい湖から解放してくれたアガシャだけが、私を自由に出来る!!」
 バルバラの宣言にも似た言葉に、須庚の眼差しが険しさを増す。
「自由って何? 自分は動かずに女を道具にして、そんなの最悪だよ」
「私が望んだ!」
「僕はリタを道具になんかしない!」
「ガキが戯言を」
「リタを一人にしないし、泣いたら慰めてあげるし、一緒に遊びにだって出掛けるし、楽しい事があったら一緒に笑う!」
「もういい加減にしろ! 彼奴等を護りたいなら戦えっ!!」
「戦ったって君を護れないじゃないかっ!!」
 まるで子供の言い分を重ね続ける須庚に、苛立ちを募らせるバルバラだったが、彼の最後の叫びに怯むように眼を見はる。
「僕には君が必要なのに、どうして戦わなくちゃならないの?」
「私は貴様を必要としないっ!」
 喉から絞り出す様に出された悲鳴と同じ響きで、バルバラは言い放つ。
 それは、端で恒河沙を抱き起こしながら見ていたソルティーにも伝わる程、苦しさが込められていた。
 須庚の言葉は子供っぽい言い分だ。だがそれ故に、バルバラ以上の必死さと純粋さが込められ、それが彼女の心に動揺を生じさせているのだろう。
「ねえ、阿河沙はリタに何をしてくれたの? 助けた後に一人きりにさせるなんて、それってそんなに慕う事? リタがこんなに傷付く事を、どうしてさせる事が出来るの? 僕ならこんな酷い事、君にさせない」
 須臾に追い立てられる様に、バルバラは苦悶の表情を浮かべる。
 それでも無駄だと判っていながら攻撃し、須臾の言葉を止めようとした。だが言葉は止まらずに、彼女を追い詰めていく。
「リタは僕が嫌い? 敵でも味方でもなく、僕は僕だよ? そしてリタもバルバラも、僕には同じ君で、そんな君を僕は好きだ」
 真っ直ぐにバルバラを見つめ、本当の気持ちを伝えたかった。
 リタがどうして自分の言葉を素直に受け入れなかったのか、漸く知る事が出来たのだ。後はそれを、優しく受け止めて上げる事しか、須臾には浮かばない。
 その純粋さが、余計にリタを苦しめていたが。
「私はっ……。私は、貴様など知らぬ。貴様など……嫌いだ……」
 懸命にバルバラである事を口にするが、その声は震えだし、途切れ途切れになった。
「リタ……」
「貴様の言葉も、貴様の顔も、貴様の髪も、貴様の……貴様の……総てが…嫌い…だ…」
 言葉にしながら胸を掻きむしられる思いを抱く。
 唇が震え、声が霞む。
 たった二回寝ただけの男を否定するのに、どうしてこれ程心が痛むのか判らない。苦しくて須臾を見る事も出来なくなった。
 攻撃する力を失ったバルバラへ、須臾はそれ以上近付くのを止め、左手で髪を束ねると右手を軽く動かした。
「これで少しは僕の嫌いな所が減った?」
 左手に掴んだ先刻まで自分の一部だった長い髪を、バルバラに突き出して地面に捨てた。
「顔は傷でも付ければ変えられる。ほらこうすれば少しは良いかな?」
 人差し指に刃の力を灯し須臾は自分の顔に当て、ゆっくりと自分の頬を切り裂く。
「でも、言葉や総ては変えられない。僕はリタに好きだって言い続けたいし、僕自身が居なくなれば、僕はリタを失ってしまう。だからそれは叶えて上げられない」
「………」
「そう。それでもまだ駄目なら、言葉も捨てて良いよ」
 須臾は微笑んだまま指を自分の喉に突き立てた。
「いやああっ止めてっっ!!」
 二本の手で顔を覆い隠しながらバルバラは叫んだ。
「もう止めてっ。どうして貴方が其処までするの。私は貴方達を殺そうとしたのよ。敵なのよ!!」
 今までバルバラが見てきた男は、自分の本当の姿を知った時、泣き叫びながら逃げようとした筈だ。
 化け物と大声で罵った筈だ。中にはリタを返せと言った者も居た。
 誰もバルバラの言葉に、何かを与えようとはしなかった。それなのに須庚は、子供の持論を振り翳しながらも、命さえも惜しまない姿を見せつけてくる。
 そしてその疑問に対しても、彼はやはり子供っぽい言葉を返すのだ。
「だって……僕のお嫁さんだし」
 言葉にしながら須臾は照れて頭を掻いた。
 バルバラは顔を押さえたまま首を振る。
「私は貴方とは違う。人ではないの。生きる世界が違いすぎる」
「同じだよ」
「須臾……」
 須臾は嬉しそうにバルバラに近付くと、彼女の湿った体に触れた。
「ほら、同じ世界だ。触れ合える同じ世界だよ。君を好きな僕と、僕の好きな君と居る現実だよ」
 触れた手を上に這わせ、力無く下がった腕を掴んだ。
 バルバラは振り払うことなく、戸惑いの眼差しを須庚に向けるだけだった。
「ねえ、これからもっと僕と同じ時間を過ごそうよ。そうすれば僕の好きな所も知る事が出来るよ。こんなに君の事を好きな僕が傍に居るんだよ、幸せになれない筈がないでしょ」
「私は沢山の男達を殺してきたのよ。その体を食べてきたの! 今更そんな私が――」
「僕も殺してきたよ? 生きる為に、ずっと生き物を食べてきたけど、そこには何の罪悪感も無かったよ。だから多分、僕の方が君よりもずっと残酷だと思う。でも、それと幸せになるのとは、全然別の事だよ」
 須臾の腕がバルバラを引き寄せ、震える肩に両手を回した。
「愛してるよ。リタもバルバラも僕には大切な君なんだ」
 幸せを言葉にして囁き、異形の瞳に口付ける。
「だからお願いだよ。僕に独身の寂しい老後を送らせないで」
 須臾がありったけの気持ちからの笑顔を、バルバラに送ると、瞳から涙が落ちた。
 瞳の濁りが消え、湖面の色が浮かび上がる。
「バルバラの瞳はリタよりも綺麗だね」
「須臾……須臾……」
「それにリスの花は、バルバラの髪によく似合う。僕って見る目あるね」
 自信たっぷりに語って片目を閉じた須臾にバルバラは静かに微笑み、ゆっくりと瞳を閉ざした。
 須臾はそれを待っていたかの様に自分も目を瞑ると、優しく彼女と唇を重ねた。

「お楽しみの所申し訳御座いませんが、少しお時間をいただけませんか?」
「………嫌だ」
 突然降って湧いたミルナリスに須臾は口の端で言い切った。
 その反応にミルナリスは頬を膨らませると、思いっきり須臾の後頭部を殴りつけた。
「このままではグリークが消えてしまいますわ! さっさとグリークを預けていただければ邪魔は致しませんし、勝手に何処ででも交尾なさって結構です!」
「交尾……」
 ミルナリスは無理矢理二人を引き離し、バルバラに抱かれたままのグリークの前まで進んで両手を差し出す。
「お渡し下さい」