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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 此処へ来る時には感じなかったが、この周りに何らかの結界が敷かれていると考えても良いだろう。
――賭ける勝負は好きではないが。
 このまま避けるだけでは勝つ事もできない。
「ままよっ!」
 ローダーを下手に持ち替えたソルティーは一気に駆けだし、恒河沙はそれを見て横に進んだ。
「これならどうだ!」
 バルバラの腕が一斉にソルティーに向けられ、時間差を造って魔法を放つ。
 ソルティーはその一切を体で避けるだけにして、バルバラとの距離を詰めながら炎の詠唱を待った。
 鎧を着けていない体には、無数の傷が浮かび血を滲ませた。
 息が上がり痛みを浮かばせるソルティーの表情に、バルバラは恍惚の笑みを見せる。
 ズズッとバルバラの体が上に上がる。
「死ねぇええっ!!」
 ソルティーに向かってバルバラの上体が傾き、二本の腕が風を吹き上がらせるのと同時に、残りが同じ呪文を詠唱した。
 ソルティーが剣を持ち直し、右の剣で風を切り裂く。
 正面から放たれた炎には左の剣をぶつけた。炎は剣と触れ合った瞬間、本来の力よりも激しく燃え上がった。
「っけぇーーっ!!」
 渾身の力で剣を振るい、剣身にまとわりつく様に燃えた炎の球を、バルバラ目掛けて打ち放った。
「クッ!」
 体を撓らせバルバラが後ろへと体を下げ、護りの詠唱を繰り出そうとする。
「させるかっ!」
「させないっ!」
 バルバラの行動を阻止しようと、横から飛び出した恒河沙が剣を突きだした前に、突如グリークが両手を広げて現れた。
 グリークの咄嗟に出した歪みと、恒河沙の繰り出した光を放つ大剣が激しくぶつかり、二人の間に渦巻く闇を造り出した。
「恒河沙っ!!」
「グリークッ?!」
「がぁっ」
 内側に向かって引きずり込もうとする力の流れに逆らい、恒河沙が思いっきり大剣を振り下げた。光が剣を包み込み、柄の瞳がカッと見開かれる。
 その瞬間起きた爆発にも似た衝撃が、恒河沙とグリークに衝突して二人の体を弾き飛ばした。
「恒っーーッ!」
 地面に叩き付けられた恒河沙に、我を忘れて走り出したソルティーの足下に、氷の矢が突き刺さる。
 自ら招いた油断を突かれて足を止められたソルティーに向かって、バルバラの増悪に満ちた声が放たれた。
「よくもグリークをっ!!」
 バルバラの腕にはぐったりとしたグリークが抱かれ、三本の腕はソルティーに向けられていた。
「殺してやるっ!」
 髪を振り乱し、恐ろしいまでの憎しみの籠もる叫びを上げ、バルバラの腕は動いた。
 今までとは遙かに比べ物にならない上位の魔法が急速に組み上げられ、空に邪悪さをまざまざと見せつける赤い呪紋が描かれ、その中央が歪に膨れあがり内側からの力を一気に放出した。
 バルバラの限界に近い攻撃は、ソルティーだけに向かって放たれていたが、広範囲に広がる力のうねりは、退路を彼に感じさせなかった。
 唸りを上げる炎は上空から、地響きを上げて素早く蛇行しながら地面が隆起し、氷の塊は群をなして広範囲にソルティーを包み込む。
「――――ッッ!」
 ソルティーが剣を重ねるより早く、それは彼の眼前に到達した。
 人としての条件反射がソルティーの目を閉じさせた。
 轟音を鳴らし、ぶつかり合う衝撃が一面に広がる。土埃と水蒸気が辺りを覆い隠し、バルバラの狂気に触れた笑いが響きわたった。
「グリーク、終わったよ。これでお前が馬鹿にされる事はなくなる。狭間の者と蔑まれる事も無いんだよ」
 抱き締めたグリークに声を掛けるが、その言葉に返事はなかった。
 薄れようとするグリークの気配に、彼女は唇を噛み締める。
「しっかりおしよグリーク! こんな所で終わりなんかじゃないんだよ!」
 バルバラの叫びにも応える事はなく、だがその時だった。
「そうだよリタ……。まだ、終わらせられないんだ」
 グリークの代わりにもたらされた呟きに、バルバラは顔を上げた。
 視界を遮る煙が薄れ、其処にはソルティーと悲しい目で彼女を見つめる須臾の姿。
「リタ、止めよう。こんな事をしても、悲しいだけだよ」
「……ぜ…」
 須庚は小さく首を振りながら前へと進み始め、バルバラは一瞬戸惑いを見せたが、直ぐにきつい眼差しに戻る。
「リタとは誰の事だ。私はバルバラだ、貴様など知らぬっ!」
「リタだよ。だって、此処がそう言うんだよ」
 ゆっくりとバルバラに近寄ろうとする須臾は、自分の胸に手を当てた。
「リタが好きだから、愛してるから、君がどんな姿でも僕には判る」
 ソルティー達に駆け付ける前に異形の姿を見た瞬間、確かに須臾は驚いた。しかしそれはバルバラの姿ではなく、彼女から伝わる苦しさだった。
 笑い声は聞こえていても、とても戦いを楽しんでいるようには見えなかった。少しでも早く終わらせようと、必死に攻撃を繰り出しているようにしか見えず、グリークを抱き締めた時の彼女の悲痛さを知ってしまえば、もう姿など気にもならなくなった。
 ただ悔しいのは、傍に居る時にどうして彼女の必死さに気が付けなかったのかだった。
「煩いっ! そんな見せ掛けの言葉で、私が怯むとでも思うのかっ! わざわざ殺されに来るとは、間抜けな男だ。それ程死にたいのなら、お前から殺してやるっ!!」
 歩みを止めない須臾に向かって、バルバラが躊躇いもなく呪文を唱える。
 無防備に近付くだけの自分ならば、楽に焼き尽くしてしまえるほどの炎を前にしても、須庚は怯むことなく寂しそうな笑みを浮かべるだけだった。
「無駄だよ」
 舞い上がった炎は須臾には届かなかった。
 彼の前に浮かび上がった淡い水色の呪紋が、軽く炎を退かせてしまったからだ。
「クッ!」
 バルバラは続けざまに呪文を唱えたが、総てが須臾の前で効力を失った。
「僕には効かないんだよ。そんな小さな力なんかじゃ、この呪紋は掻き消す事は出来ないんだ」
 哀れむ様な、悲しむ様な瞳でバルバラを見つめ、須臾は小さく首を振った。
 そんな彼の周りに、うっすらと影が生まれる。それは透明な人影。四体の影は須臾にまとわりつき、微笑みを浮かべる。
「そんな……」
 それぞれが異なる属性を持ち、同時に其処に存在する。四大精霊、しかも実体を現せる程の高位精霊達が、須臾を護る壁となっていた。
 彼は呪文など唱えていない。呪紋も彼の意思によって描かれたわけではない。
 精霊が行使者の意思を無視して、自らの力でもって理を構成していく。決して有り得ない話とは言わないが、それでも今のこの均衡を失った世界では、認められない事だと言えるだろう。
「これが僕の嫌いな所。僕はこの力が嫌いだった。だってこの血を望んで受け継いだ訳じゃない。でもこれが僕なんだよ。消せない現実なんだ。リタのその姿と同じ、どんなに嫌っても受け入れなければならない現実なんだ」
「煩いっ! 貴様と私を同じにするなっ! 貴様は私の敵だっ!」
 どれだけバルバラが呪文を唱えようと精霊達が遮断し、須臾の足は止まらない。
 ただ近付くだけの彼に、バルバラはじりじりと下がり始めた。
「僕はリタが好きだよ」
「この醜い姿を見てもかっ!」