小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

INDEX|54ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

 しかしその理想を求めるのが普通であり、女性はそれを好むだろう。
「須臾は私の全部を知っても、全部を好きにはなってくれないの?」
「好きになれたらとは思うよ。でも、もし出来なかったら、好きな人に嘘を言う事だろ? 僕は自分でも嫌いな所がある。きっとそれを好きになってくれる人は少ないと思う。そりゃ好きになってくれたら嬉しいけど、それを嫌いなリタでも僕は好きだ」
「……嫌いでも?」
「嫌いな所を受け入れるのは大変だよね。だったらその分相手の好きな所を、もっと好きになればいいと思う。そうすれば、嫌いな所は小さくなるでしょ?」
「……それは理想じゃないかしら。好きと嫌いなら嫌いが先よ」
「理想だよ。でも現実と理想の差ってどれ位かリタには判る? 少なくとも僕には判らないよ。だってまだ僕は、リタの全部を知らない。これから嫌いになる部分を、まだ僕は見ていないから。知りもしない事を言うのは全部理想だけど、言っている今は現実なんだ」
 語る総てを理想にするのも現実にするのも、総てはそれを語る者次第だ。
 今の須臾にとってはリタの総てを知る事が理想で、知ろうとする事が現実。リタにとっては思いもよらない現実だった。
「そりゃあリタから見れば、僕の言う事は子供っぽい事かも知れないよ。実際年下だし、頼りがいなんか無いかも知れない。でも、今の僕とリタは同じだよ」
「同じってどこが?」
「だって、リタと僕の過ごした時間は同じなんだよ。リタは今までの僕を何処かで見ていないし、僕もリタを見た事が無い。出逢ってから同じだけの時間しか過ごしていないのに、リタは先に結果を見ようとする。僕は今までリタと同じ時間を過ごした男と違うよ」
 須庚は急にテーブルに手をついて立ち上がると、悠然と自分を見つめるリタを真っ直ぐに見つめた。
「なのにリタは、今までの男の延長線上に僕を見てる。僕はリタをリタと過ごした時間でしか見ていないのに……。リタのそう言う所は、嫌いだ……」
 握り締めた手を見つめる様に俯き、苦しそうに唇を噛み締める。
 今までの男達と同じに見て欲しくないじゃなく、その男の次だとは思って欲しくない。
 須臾にとってリタは誰の次ぎでもないのに、彼女には自分がそうなのだと思われるのが辛く苦しかった。
 判って欲しくて泣きそうになるのを堪えていると、ふっと閉じた瞼の先に影が過ぎる。
「今から直せば間に合うかしら?」
 唇に触れる感触に驚いて目を開けると、間近にリタの微笑みが見えた。
「直せば、好きになってくれる?」
「多分……大好きになるよ」
 自信ではなく確信の言葉に、リタは初めて嬉しそうな笑みを須臾に見せ、彼からの口付けをゆっくりと目を閉じながら受けた。



「ねぇリタ……」
 隣で微笑むだけの彼女に、須臾は心地よい疲れからの睡魔に浸りながら言葉にする。
 少しでも時間を共にしたくて、少しでも彼女の事が知りたくて。
「何?」
「お店で歌ってた時の詩、どんな意味? 難しくてよく判らなかったんだ」
 詩謳いに伝わるのは口伝から。人が生きる為に忘れていった言葉を伝える言葉は多く、それは複雑に絡まり姿を変えている。
「とても古くて、そして悲しい物語よ。神と男の悲恋」
「あんなに綺麗な曲なのに?」
「綺麗から、かしら。神と人の立場だった時は、幸せな愛が溢れてる。それが謡った所」
「続きとかあるの? 聞きたいな。聞かせてくれる?」
「良いわよ…、目を閉じて聞いてくれる」
 リタの手で瞼を降ろされ、須臾は静かに彼女の歌声を待った。

 詩の続きは神と人との悲しい結末だった。
 神の至上の愛は男の心を動かし、男は神との世界を望んだ。しかし二人の世界はあまりに違い、男の求めるままに神の座を降りた彼女は人とはならず、鳥となってしまう。もう愛の言葉を語らず、もう気持ちを通じ合う事さえも出来ない。
 しかし真実の愛を知った男は、鳥となった神を連れて旅立つ。
 示され教えられた愛を、また誰かに伝える為に。

 須臾の耳にだけ聞こえる小さな歌声に、何時しか須臾の意識は遠退いていく。
 リタは全く警戒心のない須臾の寝顔に触れ、心なしか寂しげな表情を浮かべた。
「本当はね、違うの。元の詩は、姿を変えた神を男は殺してしまう。神としての力も失い、見窄らしい姿となった鳥など、男にとっては何の価値もなかったから。そして“彼女”は全てを呪った。あまりにも強く呪いを掛けすぎて、人を喰らう醜い妖魔になってしまったの。――もっとも、神でもなくただの女だったけど」
 リタはもう一度須臾の瞼に優しく手を置いた。
「愛なんて嘘よ。何も花開かせはしない。私を見て恐れなかったのは、アガシャだけ。だから目覚めないで須臾。……私を見ないでね」
 須臾の眠りが深くなる様に言葉を掛け、リタはベッドから抜け出した。
 蒼陽を見る為に、大きく窓を開く。
 一度だけ眠る須臾を見つめ、悲しく微笑むとまた窓の外に目を向けると、其処から身を放り投げた。
――理想を追っていたのは私ね……。
 夢と現実の狭間に気付くのは何時だろうか。少なくとも、彼女には遠い昔の事だった。
 壁を滑る様に加速するリタの体は、地面に落ちる前にバルバラへと姿を変えた。
 今は異形の蛇と化してしまった彼女の体は、着地する前に消えた。



 夕食を終え、冗談混じりに須臾を見送った後は、ソルティーの気疲れは連続して起こっていた。
 もっともその大半は、慣れてしまっていると言えば慣れている。
 ただ、風呂位は気兼ねなく一人で入りたいと思う。
「……はぁ、疲れたぁ」
 とてもまだ独身とは思えない、実感の隠った言葉が浴室に響く。
――まさかこんな事で……。
 恒河沙とミルナリスの一人一人と相手をしていれば、絶対に一緒に入るなんて言わない筈が、今回はどちらが彼の背中を洗うかで口論を始めてしまったのだ。
 最終的にソルティーが二人を宥め賺し(懇願し)て、やっと自由な時間を手に入れたのだ。
 叶うならば、このまま浴室で夜を明かしたい。かといって、ソルティーが居なければ居なければで、またどんな喧嘩を二人が始めるのか判らないのだから、早めに切り上げて浴室を出なければと思う。

 浴室を出た後は、地図を広げてこれからの進路を考え時間を潰し、もうそろそろかと思って恒河沙の方を見ると、案の定傍らで眠い目を擦る彼の姿を確認できた。
「寝るか?」
「うん…」
 昨夜は遅くまでミルナリスと熾烈な争いを繰り広げ、あまり充分とは言えない睡眠時間だった分、その反動は早くに訪れた。
 ソルティーが地図をしまっている間に先にベッドに行って彼を待つ。
「婆は来なくていいぞぉ」
「……一度永眠させて上げましょうか、この暴走胃袋馬鹿を」
「二人とも昨日と同じ事をするなら、強硬手段を執らせて貰う」
「お部屋を分けるのでしたら、是非とも私とご一緒に」
「んなの俺とに決まってるだろ!」
「ハーパーの所に行って野宿する」
 こめかみを押さえ苦悩を訴えるソルティーに、二人は無言で何度も頷いた。

 三人が同じベッドで、窮屈な眠りに就いてからどれくらい経ったのか、廊下の異変に最初に気が付いたのはミルナリスだった。その次ぎにソルティーが目を開け、ベッドに立て掛けて置いた剣に手を伸ばす。