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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 やっと一心地付けられる、と思って部屋に入ったソルティーを、須臾が無言で廊下まで連れだした。しかも、出た途端走って廊下を突っ切り、階段を二階上まで上がって、また廊下を進んで角を曲がる。
 其処で漸く立ち止まったと思ったら、何事か判らないソルティーに、勢いよく両手を合わせた。
「ごめん! 今夜もう一度リタに会う約束したんだ。だからソートヴァレリの件は、先に延ばして、もう少し此処に滞在させて」
 須臾はソルティーに懇願しているつもりだが、口調はもうそれを決めている様子だ。
 言われた方は、急速に痛み始めた頭に額を押さえた。
 言っている内容自体に、それ程普段と違いは無い。それでもいつもの須臾なら、彼個人の気持ちと言うより、女性の気持ちが多く含まれている。「いやぁ、彼女が放してくれないんだよね」が、いつもの彼の常套句なのだ。
「須臾……らしくないぞ」
「アハハ」
「須臾」
 笑いで誤魔化そうとするのを窘められ、直ぐに真剣な面持ちに変える。
「ごめん、でも本気なんだ。今夜を逃したら、僕は絶対に後悔する。ソルティーには関係ない話で迷惑なのは判ってる。彼女とどうなろうと、仕事を放り出す気は一切無い、それは本当だよ。でも僕はリタを……」
「お嫁さんか……? まったく、どうしてそう行く先々で、こうも女性絡みの問題を作れるんだ」
 呆れ返ったソルティーに須臾は頭を掻きながら俯いた。
 つい「他の問題なら良いのか」と、軽口を言いそうになったが、余計に立場を悪くしそうなので喉元でぐっと堪える。
 ソルティーの立場に立ってみるなら、昨日にでもエニを出立したかった筈だ。それが自分の為に伸びている。どんな文句でも平身低頭お聞きして、なんとか今夜の許可を貰いたい。
 けれど、少しの間考えた末にソルティーが出した結論は、ほんの少しだけ須臾には以外だった。
「此処で普通友達なら、友達の恋愛を応援するんだろうな」
 呟く言葉に驚いて顔を上げると、ソルティーは照れ臭そうな顔を逸らしていた。
「ソルティー……」
「これも須臾の言う運命なんだろうな。易々と見付けられない物だのだろ?」
――運命なんて言葉は嫌いだが、これは須臾の運命だ……。
 ソルティーは、自分の問い掛けに真剣に頷く須臾に、少しだけ羨ましそうに目を細めた。
「判ったよ、行って来い。だが、今日で決めろ。今は余裕がないから、明日はまた傭兵として話をする。今夜だけで彼女を口説き落としてこい」
 須臾の胸を軽く拳で殴り、ソルティーは笑みを漏らす。
「了解っ! ソルティーってば良い男」
 お返しとばかりにソルティーの胸を叩くと、須臾は思いっきりの笑顔を見せた。

「……それはそうと、ソルティーってばお疲れ?」
「お前の所為だ、と言いたいが……ハァ。お前も一晩で良いから、恒河沙とミルナリスに挟まれ続けてみろ、疲れると言う言葉が可愛らしく聞こえるぞ?」
「ハハハ……頑張れ若者よ」
「嘘が丸見えだ。それに、そう言う事なら年寄りで良い」



 須臾が出掛ける前に、「全員で夕食を」と言ったのはソルティーだった。
 少しでも多く三人になる時間を減らしたいと願う彼に、須臾は苦笑混じりに付き合い、それからリタの部屋に向かった。
「あら、意外と早かったわね」
 昨夜とは違う雰囲気の、しかし女性を見せ付ける服の彼女に、須臾は矢張り自分の直感は間違いじゃなかったと確信した。
「少しでも長くリタと過ごしたかったから」
 此処へ来る前に購入した両手一杯のリスと言う白い花を手渡しながら、気障にならない様に気を使って話す。
「嬉しい事を言うわ。さあどうぞ、立ち話は嫌でしょ」
 招き入れる為の開かれた扉を通り抜け、リタの示した椅子に座る。
「お花ありがとう。リスは須庚が初めてよ」
 花瓶を幾つか用意し、花束を三つに分けて飾っていく。
「いつもはどんな花を貰うの?」
「赤い花よ。花はみんなそれぞれって感じだけど、どうしてか何時も赤い花ばかり。そんなに情熱的に見えるのかしら? でも、須臾はどうして私にこれを?」
「え…ああ…。本当はラルセと迷ったんだけど、リタを思い浮かべたら赤よりも白の方が似合うと思って。どうしてかな……リタの髪には赤が似合うのに……」
 自分の選択に戸惑う須臾からリタは目を反らした。
 戸惑ったのは彼女も同じ。
 グリーク語るいつものリタならば、思わせぶりな言葉を吐く男の言葉には、必ず嬉しいと答えていた。求愛されては喜び、結婚の約束も直ぐに応じてきた。そしてその男達の末路は同じだった。
――どうして……。
 須臾の馬鹿げたお嫁さん発言に、少なからず心を動かされた。あの時可笑しかったのは、作り笑顔一つも浮かべる暇もなかった本心からの気持ちだった。
 その後も何故か須臾の気持ちを受け入れる言葉を出せなかった。
 体を重ね、喜ばし、そして恐怖に歪む男を喰らうのが、リタ――バルバラの生き甲斐であったのに、何故かそれが出来なかった。
――子供だからか?
 あまりにも夢見がちな言葉を平気で口にする彼を、今まで通り過ぎていった男達と同じには見れない。
 判らない。
「リタ……どうしたの?」
 リスを見つめたまま動かなくなった彼女に声を掛けると、弾かれた様に彼女が微笑んで振り向く。
「あ、ごめんなさい。あんまりリスが綺麗から見惚れてしまったわ」
「リタの方が綺麗だよ」
 極当たり前に須臾が語ると、一瞬だけリタの顔に緊張が走る。
 リタはテーブルを挟んで須臾の向かいに腰掛けると、テーブルの上に肘を着いた手の甲に顎を乗せて須臾を見つめた。
「私の顔が好き?」
 自分を試す言葉に須臾は頷き、その答えにリタは笑みを深くした。
「そう」
「でも、僕はリタが好きだよ」
「……意味が判らないわ」
「リタの顔は綺麗だから、それを嫌いだなんて思わない。でも、リタの全部が知りたい位にリタが好きなんだ。……また可笑しいと言われるね、これじゃあ」
 本当に伝えたい事は言葉には遠すぎた。
 恐らく一番近いと思える言葉は、彼女は言われ慣れている。だから今更自分がそれを言っても、笑われるか信じて貰えないかだ。
「私の全部を知れば、須臾に嫌われるでしょうね」
 その言葉の返事をリタは想像して待った。「そんな事はない」「嫌ったりしない」それが今までリタに向けられてきた言葉だ。
 しかし須臾は違っていた。
「良かったあ。嫌われると言う事は、嫌われたくないって事でしょ? 僕嫌われてないんだよね?」
 本気で胸を撫で下ろしながら喜ぶ須臾に、リタは目を丸くした。
「あ、でも、嫌われる様な所リタも在るんだ、良かった。……僕も在るから深くは追求しない様にしない? どうしたって全部を好きになれないからさ。だったら、嫌いな所はそのままで、好きな所を大きくしよう」
 リタは自己完結を済ませる須臾に、呆然として彼の言葉を聞いた。
 何を言っても今までとは違う答えが返ってくる。予想出来ない答えは、酷くリタの心を戸惑わせる。
「リタ…? ……また、僕ってば変な事言った?」
 誰かの言葉ではなく、自分の言葉を知って欲しくて、飾らない本心をぶつけても、上手くは彼女に伝わってない様に見えた。
 全部を好きになれたらと思う。――けれどそれは理想でしかない。