小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

INDEX|41ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

episode.32


 人と人の出会う事の難しさ。そして解り合う事の難しさ。
 どれ程にお互いに深く理解し、共感を得たとしても、それは完全に合う事はない。個が個であるからこその理解であり共感なのだから。
 もし相手を完全に理解し、それを受け入れる事が出来た時、相手は相手ではなくなるのだろう。
 己とは違う意志を持ち、己とは違う目的を持つからこそ、人は人と出会う。
 そして、解り合う事を必要とする。


 * * * *


 王都エニに入ったソルティー達は、まず二組に分かれて行動する事となった。
 敵が手段を選ばない状況であるなら、居住地区から離れた人通りの少ない場所にある宿を確保しなければならず、逃走経路も確認する必要があった。
 街に入る前に上空からハーパーに確認させた所、エニの構造が非情に入り組んだ造りになっているらしかった。実際街に入って直ぐのソルティー達を急な坂道が出迎え、擂り鉢状の地形を利用した街全体の風景が広がり、斜面に所狭しと建てられた家々の屋根は見えても、道は目の前の真っ直ぐに下方へ伸びた道しか見えない。
 ハーパーの話では街全体が不規則な網の目のような路地で形成され、道の一本も間違えば簡単に迷子になってしまう事が予想された。もし攻撃の手段により分断されても、先に落ち合う場所を決めていた方が良いだろうと言う事になった。
 そして二組に分かれるもう一つの原因だが、これは当然の事ながら恒河沙の腹の虫である。



 無論これまでのようにハーパーを除いた面子で揃って食事をし、それから街の状況を調べる手もあった。ソルティーも実際それを考えていたのだが、エニを目前にした所で魔法の攻撃を受けたのだ。
 カミオラで受けた攻撃とは違う一般的な魔法であり、規模も大きい物ではなかった。攻撃の種類が変わったのは、ゲルクの同族喰いのお陰かも知れない。
 だがやはり周辺に敵が潜んでいる気配は全く無く、敵対者が魔法だけを出現させている状態だった。場と場を繋ぐ跳躍の魔法には幾つか種類があるが、それこそシスルで須庚に行われた様に、膨大な法力と高位術者が複数必要になる。しかもそれでは定まった場所に無差別の攻撃しか出来ず、此方が多少でも逃げればそれを追っては来られない。
 少なくとも攻撃はソルティー達の逃げる方向へと着実に追ってきた。こうした空間の維持と移動を可能にするのは、人や妖魔の扱える魔法にはなく、即ち空間を操れる精霊、魔族の存在を肯定させるに充分な証拠であった。
 だからこそソルティーは、攻撃が終わってからエニを迂回する事を口にした。
 避けるだけなら結界を張り巡らせれば済む。しかし、街に入ってしまえば自分達だけの問題ではなくなる。
 須庚かハーパーのどちらかであれば、恐らく攻撃の手は及ばないだろう。彼等に食料などの調達を任せ、自分や恒河沙が街や村へ立ち入らなければ被害が少なく済むと。
 だがその意見に、今すぐにでも食べ物を口にしたい恒河沙ではなく、須庚が真っ向から反論した。
「今まで僕達が巻き込まれた事も在ったじゃない? それも運なら、これも運だよ」
 それこそ巻き込まれて怪我をしようが死のうが、運が悪かった者の責任だと、非情とも言える論理で訴えた。
 街だろうと何もない道の真ん中だろうと、攻撃を受けた時に周りに誰も居ない場所にばかりは居られない。平野の中でさえも、たまたまそこを歩く者がいれば巻き添えとなってしまうかも知れない。
 結局敵をどうにかしない限り巻き添えと言う影が付きまとうなら、その数の大小は問題ではないと言う、あまりにも危険な意見だった。
「しかし、またカミオラの時と同じ様な事が起きては困る」
「ソルティー、前に言ったよね。僕達は正義の味方じゃない。生きる為には食べ物だって必要だし、充分な睡眠が摂れるベッドだって欲しい。僕達が必要なのは、僕達が生きる事に欲しい物であって、見ず知らずの他人の幸せなんかじゃない」
「それは極端過ぎる物の見方だ。わざわざ危険だと判っている事を持ち込んで、関係の無い者にまで災いを振り掛ける事は無い」
 街道の真ん中で身を乗り出しながら、互いの意見を曲げられない二人に、誰も口を挟めなかった。いや挟む必要がない。
 全くどこの村や町にも立ち寄らずに突き進むとは、ソルティーも言っていない。少なくともエニだけは立ち寄らずに、次の村などに辿り着くまでに此方からの打つ手を考え、相手の出方を探る事に専念したかった。
 カミオラでの攻撃から間が空いていたのは、空間を操る者が失った攻撃を放つ者の代わりを見つけるのに有した時間だったかも知れない。ならばこれから攻撃の手は一気に増える事が予想され、今すぐの段階で迂闊な行動は慎むのが得策だろう。
 そんなソルティーの意見に須庚以外は賛成だった。寧ろ須庚がこうまで異を唱えるのが不思議であり、躍起になっているとまで感じさせる彼の様子に、どう諫めれば良いのかを考え込む程だった。
 もっともハーパーやミルナリスが口を全く挟まなかったのは、ソルティーには最後の手段として、雇い主としての強権を有している事を知っているからである。使うかどうか見極めが、こうした無駄な言い争いになっていると感じればこそ、二人別々の場所に距離を置いて事の成り行きを見守る余裕さえあった。
「有るか無いかはその時まで判らないなら、このまま進んでも良い筈だ。向こうは予告無しに、こうやって仕掛けて来るんだよ。街に立ち寄らなくても、道でただすれ違うだけの他人にだって被害があるかも知れないんだよ。同じ半々の確率なら、エニに行っても良いだろ」
「街に入らなければ、それだけで被害は最小限に食い止められる。向こうの手の内が読めないなら、街の住人を人質にされる恐れだってある」
「臆病にも程があるね。ああすればこうなるかも知れない、だったらこうすれば? いやいやそれじゃもしかすると、なんて考えてたら、何も出来なくなってしまうじゃないか。逃げ続けたって何の解決にもならないんだよ」
「全く何もしないとは言っていない。しかしこうまで大きな街なら、中で起きた事件に対する警戒も厳しくなる。私はもう自警団の世話になりたくない」
「うわぁ、何その弱腰で軟弱な態度。そんなものしらを切り通せば良いだけだろ」
「お前こそ無理な話はいい加減に――」
「キュ〜〜〜〜〜〜クルルルル〜〜〜〜」
 誰も口を挟む隙間の無かった筈の二人の口論を、絶妙な音が遮った。
 それはハーパーやミルナリスの予想を遙かに上回る、思いもよらない横槍だっただろう。流石にソルティーは言いかけていた言葉を失い、情けない思いを含ませた微妙な表情と、呆れ果てた視線を傍らへと向けなければならなかった。
「……………ごめん」
 恒河沙は真っ赤になって俯きながら小さく謝り、煩く騒ぎ出した自分の腹を抱え込んでいた。
 真剣な話に口は挟めなくても、体は本能にのみ正直である。
 恒河沙でも意見としてはソルティーに賛成していたが、どうも腹の具合だけは賛成しかねる様子で、一度鳴り出した音は彼がどうしようと鳴り止んではくれない。